ペデルセンが塗り替えるスプリントの常識

山田 健一の「現場ノート」：ジロを席巻する「異色」のスプリンター、マッズ・ピーダスン

サイクルロードレースファンの皆さん、こんにちは。グランツールを中心にヨーロッパのレースを取材している山田 健一です。

今年のジロ・デ・イタリア、開幕早々、皆さんも驚かれたのではないでしょうか？ そう、デンマークの快速男、マッズ・ピーダスンの圧倒的な強さです。わずか5ステージで早くも3勝。これは1997年のマリオ・チポッリーニ以来という、歴史的なペースです。しかし、彼の勝利は単なる「速いスプリンター」のそれとは、どうも様子が違う。現地で彼の走りを見ていると、「なるほど！」と思わせる、彼ならではの戦略と強さの秘密が見えてきました。

記録よりも「今」を駆ける男

「記録や歴史にはあまり興味がないんだ。アルバニアでは最高の走りをすることだけを考えていたし、その後はマリアローザを守ることに集中した。でも、5ステージで3勝なんて、完全にクレイジーだよ。夢見ていた以上の結果だ」。

勝利後、マッズ・ピーダスンはそう語っていました。その言葉に偽りはないでしょう。彼から感じるのは、過去の栄光や記録への執着よりも、「今、このレースでどう勝つか」という純粋な闘争心です。

もちろん、今年のジロはジョナタン・ミラン、ヤスペル・フィリプセン、ティム・メルリールといった、いわゆる「ピュアスプリンター」のトップ選手が不在という側面はあります。そして、ピーダスン自身も「今日のコースに山岳ステージがあったら、記録の話はできなかっただろう」と、コースプロフィールに助けられている部分があることを認めています。それでもなお、彼の走りは他のスプリンターとは一線を画しています。彼を「ハイブリッドスプリンター」と呼ぶべき理由が、そこにはあるのです。

ピュアスプリンターとは異なる「戦術眼」

では、なぜ彼はピュアスプリンターではないのか？ チーム コフィディスのスプリンター、ブライアン・コカールはかつてこう語っていました。「彼が世界チャンピオン（2019年）になった頃、マススプリントで彼を見ることはなかった。あれは自然に持っていたものではなく、そこに到達するために懸命に練習した結果だ」。

実際、ピーダスンのキャリアを振り返ると、タイムトライアルや丘陵、独走、そしてエトワール・ド・ベセージュやツール・ド・デンマークといったステージレースの総合でも勝利を収めています。マススプリントでアレクサンダー・クリストフやディラン・フルーネウェーヘンといった強豪を破るようになったのは2021年以降。そこからコンスタントにシーズン4勝前後のスプリント勝利を重ねています。

かつてツール・ド・フランスで14勝を挙げたドイツの伝説的スプリンター、マルセル・キッテルは言います。「フィジカル的には、ピュアスプリンターと彼に違いはない。だが、逆説的だが、彼を真のスプリントスペシャリストとは見なせない。彼はパフォーマンスを出すために、別の資質、例えば信じられないような戦術眼を使っているんだ。ジロ序盤から見られるように、チームと一緒にそれを徹底的に磨いている」。

単に脚が速いだけでなく、レース展開を読む力、そしてそれをチームとして実行する力が、彼の強さの根幹にあるのです。

クラシックライダーの経験が活きるグランツールの終盤

ピーダスンのもう一つの特徴は、クラシックレースでの豊富な経験です。トゥール・ド・ラ・プロヴァンスでの勝利に始まり、フランドルクラシックではヘント〜ウェヴェルヘムを制覇。厳しいワンデーレースで培われた力が、ジロのステージ終盤で炸裂しています。

アルノー・デマールは、ピーダスンのスタイルをかつてのピーター・サガンや現在のワウト・ファンアールトに重ね合わせます。「彼は丘を越えて、それからスプリントで勝つ。ピーター・サガンや、ワウト・ファンアールトがやっていることだ。彼は万能で、しかも速い」。

クラシックレースは、グランツールのステージとは異なるアプローチが必要です。アルケア・B&Bホテルズ-B & B Hotelsの選手も認めるように、「スプリントが近づいたとき、彼には私たちスプリンターよりも余力が残っている。私たちにはもうできないような終盤での努力ができるんだ」。

マルセル・キッテルも同意見です。「他の選手と違うのは、彼はクラシックの走り方を知っていることだ。スプリンターを支配するには、難しいレースが必要で、ジロはそれを彼に与えている。ピーター・サガンと同じクラシックライダーのタイプだ。非常に高いスプリント力で仕事をやり遂げられる。今日（水曜日）も、最後の丘で苦しんでいたように見えたが、何事もなかったかのように位置を取り戻した。ピュアスプリンターなら、あのような状況で諦めて、別のステージに照準を移すだろう。ピーダスンは、まるでワンデーレースのように走っているんだ」。

そう、「ワンデーレースのように走る」という言葉に、彼の強さの秘密が凝縮されている気がします。厳しい展開になればなるほど、クラシックで鍛えられた彼の真価が発揮される。それが、ピュアスプリンターが揃わない今回のジロで、彼が圧倒的な力を見せつけている最大の理由ではないでしょうか。

30歳を前に、さらなる高みへ

ヤスペル・フィリプセン、ファビオ・ヤコブセン、ディラン・フルーネウェーヘンといった同世代のピュアスプリンターが22歳頃から勝ち始めたのに対し、ピーダスンがスプリントの世界で頭角を現したのは25歳と比較的遅めです。これは逆に言えば、30歳を目前にした29歳という年齢で、まだ伸びしろがあることを意味します。ピュアスプリンターが一般的に頭打ち、あるいは下降線をたどるとされる年齢で、彼はさらに強くなっているのです。

ブライアン・コカールはこれを「年齢の問題ではなく、疲労耐性の高さだ」と分析。「疲れを感じにくく、特に遥か遠くからスプリントを開始できる能力」を挙げます。マルセル・キッテルも「難しいレースの後でもスプリントできるパワーを活かす能力」を彼の第一の資質と見ています。

そして、アルノー・デマールは、自身もジロで連勝した経験から、「一度勝ち始めると、あれこれ考えなくなる。2勝目、3勝目はほとんど楽に手に入るようになる」と、連勝が生む勢いの重要性を指摘。「チーム全体が活性化し、なぜ皆が献身的に働くのかを理解するようになる」と、チームワークへの波及効果も強調しています。

個人の能力に加え、チームの勢いも彼の快進撃を後押ししているのは間違いないでしょう。

マッズ・ピーダスンがこのままジロでどこまで勝利数を積み重ねるのか、非常に楽しみです。そして、今後ヤスペル・フィリプセンやワウト・ファンアールトといった、彼と同じくクラシックもこなせる快速選手たちとのスプリント対決が、どのような展開になるのか。彼のような「ハイブリッド」な強さを持つ選手が、これからのスプリントシーンの主流になる可能性も感じさせます。

皆さんは、このマッズ・ピーダスンの走りを見て、どう感じられましたか？ 是非、一緒に考えてみましょう。