モビスター、360度カメラでファンに「全く新しい」視点を提供へ

「Insta360」が切り開く、新たな視点

これまで、ロードレースの映像は、バイクカメラやヘリコプター、沿道の固定カメラが捉えるものが主でした。しかし、今回モビスター チームが導入するのは、360度全方位を撮影できるInsta360の最新モデル。このカメラを使えば、まるで選手になったかのように、あるいはチームカーの中にいるかのように、その場の空気感を丸ごと体験できるというのです。

モビスター チームのCMO、フアン・パブロ・モリネロ氏は「テクノロジーはサイクリングを一般の人々に近づけるために不可欠だと信じています。Insta360を使えば、全く新しくエキサイティングな視点からスポーツを提示できます」と語っています。また、Insta360のマーケティング担当副社長、マックス・リヒター氏も「私たちの技術はユニークな物語を伝えるために設計されており、グランツールやクラシックレースほどそれに適した舞台はありません」と、この提携への期待を隠しません。

なるほど、これは単に「珍しい映像」を撮るというレベルではない。「物語」を伝える、そして「体験」を共有するという、より深いファンエンゲージメントを目指していることが伺えます。

レースの「裏側」を覗き見る、ファン待望の体験

私自身、長年グランツールを中心に取材をしてきましたが、レースの現場にはカメラには映らない、選手たちの息遣いやチームスタッフの緊迫したやり取りが常に存在します。スタート前の選手たちの表情、チームバスの中での戦略会議、補給ポイントでの短い会話、そしてゴール後の疲労困憊した姿……。これらは、まさにレースの「裏側」であり、ファンが最も知りたい部分ではないでしょうか。

360度カメラがこれをどう変えるのか？ 例えば、タイムトライアルのスタートライン。選手がローラー台でウォーミングアップをする横で、メカニックが最終調整し、監督が最後の指示を送る。その全てを、まるで自分がその場にいるかのように見渡せる。あるいは、ハイスピードで下り坂を駆け抜ける集団のど真ん中に飛び込んだような感覚。これまでのカメラでは捉えきれなかった、空気の振動や、選手たちの集中力、恐怖心すら感じられるかもしれません。

「確かに！」と膝を打つ方もいるでしょう。私のように選手たちの表情や声のトーンから次の展開を予見しようとする者にとって、この「裏側」の映像は、まさに宝の山。ファンにとっては、これまで想像するしかなかった世界が、ぐっと身近になるのです。

グランツールでこそ輝く、360度カメラの真価

Insta360のマーケティング担当副社長が言及したように、このカメラの真価は、やはりグランツールのような大規模なレースでこそ発揮されるでしょう。クリテリウム・デュ・ドーフィネのような前哨戦でテストを重ね、来るツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリア、そしてスペインのブエルタ・ア・エスパーニャで、そのポテンシャルを最大限に引き出すことが期待されます。

チーム ヴィスマ・リースアバイクがプロトタイプのCervélo S5を投入したり、Factorが奇抜なプロトタイプを披露したりと、機材開発の競争も激しいロードレース界ですが、映像技術の進化もまた、ファン体験を向上させる重要な要素です。例えば、ジョナタン・ミランのようなスプリンターがゴールスプリントで繰り広げる激しい攻防や、マチュー・ファンデルプールの常識を覆すようなアタックの瞬間を、360度で体験できる日も近いかもしれません。

ロードレースの「見る」体験は、新たな次元へ

今回のモビスター チームの取り組みは、ロードレースというスポーツが、単に速さを競うだけでなく、ファンとの繋がり、エンターテイメントとしての価値をどこまでも追求している証拠です。これまではテレビ中継やハイライト映像でしか見られなかったレースの裏側が、よりインタラクティブな形で提供されることで、ファンはこれまで以上に感情移入し、選手たちやチームへの愛着を深めることでしょう。

もしかしたら、将来的にはVRヘッドセットを装着して、まるで自分がプロトンの中にいるかのような体験ができるようになるかもしれません。「そうだったのか！」と驚くような、新たな発見が毎日のように生まれる可能性も秘めています。

モビスター チームのこの挑戦が、ロードレース界全体にどのような波及効果をもたらすのか。そして、私たちファンがこれからどんな「新しい視点」を体験できるのか。次のグランツールが、今から楽しみでなりません。