マールヘーゼのレース中止：名物「マレスの1マイル競走」開催見送り

マレスの1マイル、歴史あるクリテリウムが一時休止へ――その背景にある、現代ロードレースの課題

オランダの小さな町マールヘーゼで、半世紀以上にわたり愛されてきた伝統のクリテリウム「マレスの1マイル」が、今年はその歴史に一旦幕を下ろすことになりました。主催者側は「高騰する運営コスト」を理由に開催中止を決定。特に女子ロードレースの盛り上がりを追い風に、新たな一歩を踏み出そうとしていた矢先の中止発表は、私のようなグランツールを追う者にとっても、地方レースが抱える構造的な問題を浮き彫りにしているように感じられます。

財政的な逆風：高まる運営コストの波

「マレスの1マイル」の主催者が下した苦渋の決断は、決して他人事ではありません。地元紙「アイントホーフェンス・ダグブラッド」の取材に応じた会長のブラム・バクス氏の言葉は、その切実さを物語っています。「全てにおいて、物資も人件費も大幅に高くなっている」。これは、決してマールヘーゼだけの問題ではありません。ヨーロッパ各地の小規模なレース、特にクリテリウムのような地域密着型のイベントは、スポンサー収入の確保と、安全対策やインフラ整備にかかるコストのバランスに常に頭を悩ませています。かつては地域住民のボランティアと地元企業の支援で成り立っていたレースも、プロモーションの拡大や安全基準の厳格化に伴い、専門業者への委託や警備体制の強化が必須となり、その費用はうなぎ上りです。例えば、道路使用許可一つとっても、費用は年々増加傾向にあり、交通規制や警備員の配置、さらには医療体制の確保など、目に見えないコストが積み重なっていきます。こうした状況は、レースの規模を問わず、運営者にとって大きな重圧となっているのが現状です。

女子ロードレースへの期待と、その先に立ちはだかる壁

「マレスの1マイル」は、今年の開催に向けて大きな転換を図ろうとしていました。それは、男子レースの「ツール・ド・フランス」直後という日程から、8月中旬に移動し、女子プロレースとして再出発するというもの。マリアンヌ・フォスのようなトップ選手が過去に勝利を収めてきたこのクリテリウムが、女子ロードレース人気の高まりを追い風に、新たな観客層を獲得しようとしたのは、まさに時宜を得た判断だったはずです。事実、近年女子ロードレースは目覚ましい発展を遂げ、観客数もメディア露出も増加の一途を辿っています。しかし、その目論見は、皮肉にも高騰するコストの壁に阻まれてしまいました。以前は人気選手の不在や集客力の低下に悩んだ結果の方向転換だっただけに、その無念さは想像に難くありません。女子レースへのシフトは、未来を見据えた賢明な一手だったにもかかわらず、その実行が困難になるほどの経済的圧力が、地方レースの現場にのしかかっているのです。

歴史に名を刻んだレジェンドたち

1963年にバース・マリーパールドが初代王者となって以来、「マレスの1マイル」のウィナーリストには、オランダ、そして世界のロードレース史に名を刻む錚々たるレジェンドたちが並んでいます。ヨープ・ズートメルク、ヘリー・クネテマン、アドリー・ファンデルプール、ミハエル・ブーハート、トム・ボーネン、そしてトム・デュムラン。女子では、やはりマリアンヌ・フォスの名前が光りますね。彼らがこのクリテリウムでどんな走りを見せたのか、想像するだけで胸が熱くなります。日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、こうした地方のクリテリウムであっても、トップ選手にとってはファンとの距離を縮め、地元で勝利を祝う貴重な場であったことが伺えます。例えば、トム・ボーネンが勝利した際には、地元ベルギーから多くのファンが駆けつけ、まるで凱旋パレードのような熱気に包まれたと聞きます。こうした歴史が途絶えてしまうのは、ロードレース文化全体にとっても大きな損失であると言えるでしょう。

グランツールを彩る舞台裏の影

私たちが普段見ている「ツール・ド・フランス」や「クリテリウム・デュ・ドーフィネ」といった華やかなグランツールやワールドツアーレースは、その下にある膨大な数の地方レースや育成カテゴリーによって支えられています。若手選手が経験を積み、力を試す場であり、地域とロードレース文化を結びつける大切なイベントです。「マレスの1マイル」の中止は、まさにその土台が揺らいでいる現実を突きつけているのです。つい先日も、クリテリウム・デュ・ドーフィネではイバン・ロメオ・アバドやアロルド・テハダ、ルイ・バレといった若手選手が活躍を見せ、ジョナタン・ミランやマチュー・ファンデルプール、ティム・メルリールといったトップ選手がその存在感を示しました。しかし、彼らが世界最高峰の舞台に辿り着くためには、こうした地方のレースで研鑽を積む必要があります。今回の件は、一時的な経済状況だけでなく、ロードレース界全体の構造的な課題として、真剣に議論されるべき問題ではないでしょうか。

来年への期待と、ロードレースの未来

もちろん、主催者側は2026年以降の開催に前向きな姿勢を見せています。この一時休止が、より強固な基盤を築くための充電期間となることを願ってやみません。しかし、今回の「マレスの1マイル」の件は、華やかなプロツアーの裏で、多くの地方レースが直面している厳しい現実を私たちに改めて教えてくれました。例えば、AGインシュランス・スーダル チーム クイック・ステップやチーム ヴィスマ・リースアバイク、チーム ピクニック・ポストNLといった大チームが活躍する一方で、その選手たちが育つ土壌が失われつつあるのかもしれません。私たちは、トッププロの活躍に熱狂する一方で、こうしたロードレース文化の根幹を支えるイベントの存続にも、もっと目を向けるべきではないでしょうか。来年、再びマールヘーゼの地で、選手たちの疾走する姿を見られることを心から願っています。