アユソ：登坂、TT、スプリント万能なピンクを夢見る逸材

「新しいメッシ」からマリア・ローザへ──フアン・アユソ、22歳の野心

グランツール担当の山田 健一です。今年のジロ・デ・イタリア、第7ステージでフアン・アユソ（UAEチームエミレーツ・XRG）がグランツール初勝利を挙げましたね。彼の勝利は単なるステージ優勝にとどまらない、ある種の「必然」であり、同時に「特別」な出来事だったと感じています。なぜなら、彼は幼い頃から「世界最高のサイクリストになる」という明確な夢を抱き、そのために全てを捧げてきた選手だからです。その道のりは、かつて「新しいメッシ」と呼ばれたサッカー少年が、運命的な出会いを経て自転車の世界へ飛び込み、科学と野心で道を切り拓いてきた物語でもあります。今回は、この22歳の若き才能に迫ってみたいと思います。

幼少期から自転車との出会い

フアン・アユソは、両親の仕事の関係で幼少期をアメリカのアトランタで過ごしました。その頃の彼は、サッカー少年。それもただのサッカー少年ではなく、「新しいメッシ」になることを夢見ていたというから驚きです。スペインに戻ってからも、あのレアル・マドリードの練習場があるバルデベバスでプレーするなど、その才能はサッカーの世界でも嘱望されていました。しかし、右サイドバックというポジションに配され、ゴールから遠ざかったことで、彼のサッカーへの情熱は少しずつ冷めていったようです。人生の転機は、ハベアに移り住んだ後に訪れました。友人のマテオに誘われて自転車に乗ったその日、「これこそ自分がやるべきことだ」と直感したと彼は語っています。サッカーから自転車へ。全く異なる世界ですが、頂点を目指すという彼の野心は一切ブレることがなかったのです。

ポガチャルとの共存、そして将来への布石

現在、フアン・アユソはUAEチームエミレーツ・XRGに所属しています。そして、このチームには「自転車界のメッシ」とも称されるタデイ・ポガチャルがいます。アユソが22歳、ポガチャルが26歳。わずか4歳差の二人が同じチームにいるというのは、傍から見ていると非常に興味深い状況です。かつてはツール・ド・フランスで、チーム内の連携に関して微妙な空気が流れたこともありましたが、現在は明確な棲み分けがなされているようです。アユソ自身、「ヴィンゲゴー、エヴェネプール、ログリッチのように強くなりたい」と語り、ポガチャルを別格の存在としてリスペクトしています。多くのチームがアユソの才能に目をつけ、引き抜きを画策したと言われていますが、UAEチームエミレーツ・XRGは彼を手放しませんでした。それは、アユソという才能が、ポガチャルと並び立つ、あるいは将来チームを牽引する存在になりうると確信しているからでしょう。ログリッチがヴエルタ・ア・カタルーニャで勝ったように、強力なライバルに対抗するには、質と量を兼ね備えた選手層が必要不可欠なのです。

科学に裏打ちされた早熟の才能

アユソの特筆すべき点は、その若さにして驚くほど科学的なアプローチを自身のキャリアに持ち込んでいることです。両親がエコノミストというバックグラウンドを持つ彼は、数字に対する親しみがあったのかもしれません。15歳でチームマネージャーのマティンに見いだされた頃から、彼は徹底した自己管理を貫いてきました。「友人と夜遊びに行ったことは一度もない」と彼は言います。父親が作ったExcelシートのトレーニングメニューをこなし、栄養士の指示に従い、早く寝て回復に努める。栄養学、バイオメカニクス、生理学、グリコーゲン、乳酸、ワット、心拍数…彼は自分の身体とパフォーマンスに関するあらゆるデータを理解し、最大限の結果を引き出すことに貪欲です。彼の栄養士は「アユソは従来の選手とは違う、未来を行っている」と評し、マティンは彼を「キラー」と呼びます。かつてカストロ・ウルディアレスのユースチームで彼を指導したホセ・アントニオ・マンティラも、少年時代からメカニクスや生理学に関心を持っていたことを証言しています。スペインでは「新しいコンタドールか、それとも新しいインデュラインか」と囁かれるほど、彼は早くから勝利を重ねてきました。そして、彼のコーチは、偶然にもかつてポガチャルを指導していたイニゴ・サン・ミランです。サン・ミランはアユソを「完璧なマシーン」と称しつつも、時に少し強迫観念が強い部分もあると指摘しています。バスの中で小説ではなく生理学の本を読むというエピソードからも、彼の探求心の深さがうかがえますね。

22歳が見せる野心と冷静さ

22歳にして、チーム内でラファ・マイカやアダム・イェーツといった経験豊富な選手たちが彼のために献身的に働く姿は、アユソが持つカリスマとリーダーシップの証でしょう。チームには彼よりも若いイサーク・デルトロのような台頭著しい才能もいますが、主要な山岳ステージでの走りが、チーム内の明確なヒエラルキーを示しました。アユソの走りは非常に多才です。遠距離からのアタックもできるし、タイムトライアルも速い。スプリント力もあり、登坂ではあまりダンシングをせずシッティングでリズムを刻むのが特徴です。身長183cm、体重65kgという体格は、クラシックライダーに近いものがありますが、彼は自身をワンデーレース向きではないと考えているようです。タグリアコッツォでのジロ初勝利は、彼のキャリアにおける重要な一歩となりました。そして、この勝利によってマリア・ローザはログリッチの手に戻りました。「栄光はあるが責任はない」、今の彼にとっては理想的な状況かもしれません。しかし、勝利者インタビューでマリア・ローザについて問われたとき、アユソの表情に一瞬「不快感」とも取れるような光が宿ったと報じられています。あるいはそれは、純粋な「野心」の輝きだったのかもしれません。「マリア・ローザは欲しい」と彼は明確に語りました。彼の言葉には重みがあります。なぜなら、彼がそう言ったということは、既にそれを手に入れるためのプランを頭の中で組み立て終えているに違いないからです。

フアン・アユソという若き「キラー」の物語は、まだ始まったばかりです。彼は今後、グランツールでどんな伝説を紡いでいくのでしょうか。マリア・ローザを、そしてその先のマイヨ・ジョーヌやマイヨ・ロホを手にする日は来るのでしょうか。彼の今後の走りに、目が離せませんね。