冒険が一転、地獄へ 「爆弾が怖かった」サイクリスト脱出劇

絶望の淵からの脱出：イランで見た「地獄」

ミネソタ州ミネトンカ出身のサイクリスト、イアン・スザンヌ・アンデルセン。32歳の彼が抱いていた夢は、自転車で七大陸を横断するという壮大なものでした。その旅の途中、イランを走行中に彼は地獄を目の当たりにすることになります。イスラエル・プレミアテックによるイランの核施設や軍事指導者への攻撃が勃発し、テヘランからの報復ミサイルが降り注ぐ中、彼の冒険は一瞬にして命の危険と隣り合わせの状況へと変貌しました。

「爆弾が落ちてくるのは、本当に恐ろしかった」――。アゼルバイジャンの首都バクーのホテルから、Associated Pressのビデオ通話に応じたイアン・スザンヌ・アンデルセンの言葉は、その場にいた者の生々しい恐怖を伝えています。彼は現地のガイドと共に、カスピ海沿いのチャルース市からテヘランに向かう途中にいました。米国市民が自由に移動できないイランで、彼はアフガニスタンへのビザ取得のためテヘランを目指していたのです。

攻撃が始まった瞬間、彼は「そこにいるには最悪のタイミングだった」と振り返ります。パニックに陥ったテヘランからの脱出を目指す車の長蛇の列を目の当たりにし、自身も目立たないよう、ガイドとスペイン語で会話して米国籍であることを隠したというのです。まるで映画のような状況ですが、これが現実の、彼の身に起きた出来事なのです。

プロのレースとは異なる「リスク」の現実

グランツールを追いかけ、プロの選手たちが極限の状況でペダルを漕ぐ姿を間近で見てきた私ですが、イアン・スザンヌ・アンデルセンが直面した危険は、また別の次元のものです。プロロードレースにおけるリスクといえば、高速走行中の落車、悪天候による低体温症、あるいは疲労による判断ミスなどが挙げられるでしょう。しかし、彼の経験は、紛争という人間が作り出した最も残酷なリスク、つまり「生存」そのものに関わる危険でした。

2023年にはケニア北部で、部族のメンバーに槍で脅された経験もあるという彼。「常にリスクはあり、それらと共存することを学ばなければならない」と語るイアン・スザンヌ・アンデルセンの言葉には、旅を続ける者としての覚悟と、ある種の諦念が混じり合っているように感じられます。プロの選手がレースで最高のパフォーマンスを追求するのに対し、彼の旅は、自らの人生と向き合い、困難を乗り越えることそのものが目的となっている。その違いが、直面するリスクの質にも表れていると言えるでしょう。

夢と現実、そして「ナイーブさ」の告白

米国務省からの脱出勧告を受け、VPNがブロックされた状況下でロサンゼルスの友人を通じてアゼルバイジャンへの緊急ビザを取得し、なんとか国境を越えることができたイアン・スザンヌ・アンデルセン。しかし、彼の旅は一時中断を余儀なくされました。周囲からは「あんな場所に行くなんて正気じゃない」と言われることもあったと明かし、「多分、少しナイーブだったかもしれない」と自らを省みる言葉もありました。

しかし、彼は後悔していません。建設会社のプロジェクトマネージャーという安定した職を辞してまで、この自転車の旅に人生を賭ける彼には、深い理由がありました。長年苦しんできた依存症と注意欠陥・多動性障害（ADHD）。自転車に乗ることこそが、彼にとっての「逃げ道」であり、「生きる意味」だったのです。ペダルを漕ぎ続けることで、彼は自分自身と向き合い、過去を乗り越えようとしていた。その壮絶な背景を知ると、彼の言葉の重みがずしりと胸に響きます。

次なる冒険へ：希望のペダルを踏み続ける

一時中断となった彼の旅ですが、イアン・スザンヌ・アンデルセンの冒険は決して終わりではありません。彼は現在、カスピ海をフェリーで渡りカザフスタンへ、そしてそこからウズベキスタンへと自転車で向かう可能性を模索していると言います。その先は「まだどこへ行くかわからない」としながらも、彼の瞳には次の目的地を見据える光が宿っているに違いありません。

プロのロードレースの世界では、我々は選手たちの完璧なパフォーマンスや綿密な戦略に目を奪われがちです。しかし、イアン・スザンヌ・アンデルセンのような個人の冒険者の存在は、自転車が持つ「自由」や「探求」といった根源的な魅力を改めて教えてくれます。困難な状況を乗り越え、自らの内面と向き合いながらペダルを漕ぎ続ける彼の姿は、私たちに勇気を与えてくれるのではないでしょうか。

彼の旅がこれからどこへ向かうのか、引き続き注目していきたいと思います。