サイクリング人気上昇も「楽しむ余裕は減少」か

「自転車大国」の意外な内情：人気と課題の二面性

自転車大国と聞いて、皆さんはどんな国を思い浮かべますか？ やはりオランダは筆頭に挙がるでしょう。どこまでも続くフラットな地形、整備された自転車道、そして老若男女が日常的に自転車を利用する風景は、まさにサイクリストにとっての理想郷のように見えます。

しかし、現地メディア「WielerFlits」が報じたLandelijk FietsplatformとANWB（オランダ王立ツーリングクラブ）の共同調査によると、レクリエーションとしてのサイクリングは確かに人気を博しているものの、その「リラックス効果」が危ぶまれているという、少々意外な実態が浮き彫りになりました。

過去3年間で、レクリエーション目的のサイクリストの約3分の1が、より頻繁に、あるいはより長距離を走るようになったそうです。その主な理由として挙げられているのは「健康」（32%）と「リラックス」（46%）です。また、「外に出たい」（43%）や「自然・景観体験」（32%）も重要な動機となっています。国民の70%がレクリエーション目的でサイクリングをし、そのうち3分の1以上が週に1回以上、さらにその約半数がE-バイクを利用しているというのですから、その普及ぶりには目を見張るものがあります。

サイクリング環境に対する評価も高く、平均で8点という高得点。これは素晴らしい数字です。しかし、この高評価の裏側には、サイクリストたちが抱える不満や課題も存在します。私たちがプロのレースで目にするような完璧な路面ばかりではない、日常のサイクリングの現実がそこにはありました。

「快適さ」を脅かす見過ごせない問題点

調査結果は、オランダのサイクリング環境が抱える具体的な課題も浮き彫りにしています。回答者の3分の1が、自転車道の安全性と快適性の改善が必要だと感じているのです。

特に不満の声が多かったのは、「路面の悪さ」（47%）と「道の狭さ」（47%）です。これは、プロのレースで選手たちが小さな段差や穴一つで落車するリスクを抱えるのと同じように、一般のサイクリストにとっても安全を脅かす要因となります。さらに、「他の利用者による無謀な振る舞い」（51%）と「速度差」（45%）も大きな問題として挙げられています。

この「無謀な振る舞い」と「速度差」は、現地で実際に自転車に乗ってみると肌で感じます。近年普及が著しい電動アシスト自転車や、さらには電動スクーターのような、従来の自転車とは異なる速度域で走行するモビリティが増えたことで、自転車道における「共存」の難しさが顕在化しているのです。これは、かつて自動車と自転車が共存していた時代から、自転車専用道が整備されてきた歴史を持つオランダにとっても、新たな課題として重くのしかかっていると言えるでしょう。

ANWBも以前の調査で「レクリエーションのためのより多くのスペースが必要」であることを示唆しており、今回の調査結果は、レクリエーション目的のサイクリングへの継続的な投資の重要性を改めて裏付けています。なぜなら、これらの投資は単にサイクリストのためだけでなく、公衆衛生、アクセシビリティ、持続可能性、生活の質といった、より広範な社会政策にも貢献するものだからです。

プロの視点から見る、市民サイクリングの未来

プロのロードレースの世界で、選手たちは日々、最高のパフォーマンスを発揮するためにトレーニングを積んでいます。彼らが走る公道や、時には自転車道も、一般のサイクリストと共有されることがあります。その際、路面の状態や他の利用者との安全な共存は、彼らにとっても重要な問題です。トレーニング中に思わぬ事故に巻き込まれることは、選手生命に関わることですからね。

今回のWielerFlitsの記事に対するコメント欄を見てみると、現地のサイクリストたちが抱える切実な声が聞こえてきます。「もっと自転車と歩行者の道を分離すべきだ」「狭い道では衝突の危険がある」「電動スクーターのようなモビリティは、自転車道ではなく車道を走るべきだ」といった意見が交わされていました。特に、時速60kmや90kmにも達する改造された電動キックボードが自転車道を走り回っているという話には、私も驚きを隠せませんでした。「それはもはや自転車ではない」という現地の声は、まさにその通りでしょう。

この問題は、単にインフラ整備の問題に留まらず、多様なモビリティが共存する現代社会における「交通ルール」と「マナー」のあり方を問い直すものだと感じます。オランダのように自転車文化が深く根付いている国でさえ、新たな課題に直面しているというのは、私たち日本にとっても他人事ではありません。

プロのレースを観戦するだけでなく、自ら自転車に乗って楽しむ日本のサイクリストの皆さんも、年々増えていることと思います。もし、私たちがオランダのような「自転車大国」を目指すのであれば、単に自転車道を増やすだけでなく、その質を高め、安全かつ快適に誰もが楽しめる環境をどう築いていくか、そして多様なモビリティが共存するためのルール作りと啓蒙をどう進めていくか、真剣に考える時期に来ているのではないでしょうか。

今回のオランダの調査結果は、私たち日本のサイクリング文化の未来を考える上でも、非常に重要な示唆を与えてくれる「教科書」のような存在だと言えるでしょう。次にオランダを訪れる際には、プロのレースだけでなく、市民のサイクリング環境にも、これまで以上に注目してみたいと思います。