熱狂のブルターニュ自転車ウィーク：ブークル・ド・ロールヌからトロ・ブロ・レオンへ

日本のサイクルロードレースファンの皆さん、こんにちは。グランツールを中心に取材している山田 健一です。

今回は、フランス北西部、ブルターニュ地方で巻き起こった熱狂的な自転車ロードレースの4日間についてレポートします。通常は時期をずらして開催されるこの地域の主要レースが、今年は異例の短期集中開催となったのです。その現場に身を置き、肌で感じたブルターニュのサイクリング文化と、そこで生まれたドラマをお伝えしたいと思います。

ブルターニュ、熱狂の4日間

自転車競技にとって、ブルターニュ地方は特別な土地です。フランドル地方がベルギーのサイクリングの聖地なら、フランスにおけるそれは間違いなくブルターニュでしょう。豊かな自然に囲まれたこの地では、古くから自転車レースが人々の生活に深く根ざしています。

今回、例年とは異なり、ブークル・ド・ロルヌ、ツール・デュ・フィニステール、グランプリ・デュ・モルビアン、そしてトロ・ブロ・レオンというブルターニュの主要4レースが、わずか木曜日から日曜日の4日間に凝縮されて開催されました。これは、ダンケルク四日間レースの日程変更など、外部要因に起因するカレンダーの都合によるものですが、結果としてこの地域に前代未聞のサイクリング熱狂ウィークが生まれたのです。

この異例の試みが来年以降も続くかは不透明とのことですが、今回の成功を見るにつけ、その可能性は十分に感じられました。特にツール・デュ・フィニステールでは、平日の金曜日開催にも関わらず、ワールドツアーチームを含む強力な選手たちが集結し、フィニステール地方の太陽の下、多くの観客が詰めかけました。サン・ビアンの最終盤の難所や、ギュルヴァンの坂では、バグパイプやアコーディオンの音が響き渡り、地元の人々が「人生って素晴らしいと思わないかい？」と語りかける姿に、この土地の自転車への愛情の深さを改めて感じずにはいられませんでした。

伝統と風景が織りなす舞台裏

ブルターニュのレースは、そのコース設定にも独特の魅力があります。まるでジェットコースターのようなアップダウンが連続する道、そしてトロ・ブロ・レオンを象徴する未舗装路「ribinoù」です。特にツール・デュ・フィニステールでは、スタートからわずか15kmでフィニッシュライン近くを通るという、ナビ泣かせのコースレイアウトに翻弄されつつ、ロクロナンという息をのむほど美しい村を通過しました。花崗岩で舗装された道は、まるで海のうねりのように起伏し、車で走るだけでも船酔いしそうなほど。しかし、この厳しい地形こそが、ブルターニュのレースに特有のドラマを生み出すのです。

前日、ブークル・ド・ロルヌが開催されたシャトーランもまた、サイクリングの歴史が息づく街です。かつては観客が札束を持ってやってきて、見つけた飲み屋をすべてハシゴしてからバスで帰る、なんていう豪快な時代もあったとか。今の熱狂はもう少し落ち着いたものですが、自転車への情熱は変わらず、シャトーランは今も多くのファンにとって巡礼地のような場所です。1952年生まれのベルナールさんは、子供の頃から毎年このレースを見に来ていると言います。ムネ・ケレルクの坂に陣取り、シダに囲まれた道を選手たちが4回通過するのを見守りながら、彼は往年の名選手アネクティルが不機嫌そうにブーケを川に投げ捨てた話や、レース後にシャトーランから出るのに4時間かかった思い出、雨の日でも決して観戦を諦めなかった親たちの情熱について語ってくれました。まさに、世代を超えて受け継がれる自転車への愛がここにはあるのです。

デカトロン・AG2Rラモンディアール チーム AG2R La Mondialeの快進撃

今回のブルターニュ滞在で最も印象的だったのは、デカトロン・AG2Rラモンディアール チーム AG2R La Mondialeの圧倒的な強さでした。グランツール担当として世界中のトップチームを見ていますが、今シーズンの彼らの勢いは本当に目を見張るものがあります。

ブークル・ド・ロルヌでは、ルイス・アスキーが劇的な勝利を飾り、チームに勢いをつけました。そして金曜日、ツール・デュ・フィニステールでは、なんと若手の Aubin Sparfel が予想外の勝利をもぎ取り、「全く予定していなかった」と本人も驚く展開に。さらに土曜日、グランプリ・デュ・モルビアンでは、地元ブルターニュ出身のブノワ・コスヌフロワがカドゥダルの坂を駆け上がり、待望の今シーズン初勝利を挙げました。ゴール後、目に涙を浮かべる彼の姿に、観客もまた感動を分かち合っていました。彼は地元出身ということもあり、会場には彼の家族や近所の人たちも大勢応援に駆けつけていました。特にマンシュ県から来たという Martine さんと Guy さん夫妻は、ブノワ・コスヌフロワの家族と近所だそうで、彼のチームカラーを身につけて熱心に応援していました。レース中に彼が遅れているのを見て心配していたそうですが、最後の勝利を見届け、感極まっていたのが印象的でした。

そして、熱狂の4日間の締めくくりとなった日曜日、トロ・ブロ・レオンでは、バスティアン・トロンションが優勝。これで デカトロン・AG2Rラモンディアール チーム AG2R La Mondialeは、この4日間で3勝を挙げたことになります。チーム全体の士気の高さ、選手層の厚さをまざまざと見せつけられました。今年の彼らは、春のクラシックから絶好調を維持しており、このブルターニュでの連勝は、来るべきグランツールに向けても大きな自信となるでしょう。

未舗装路ribinoùが呼ぶドラマ

ブルターニュのサイクリングウィークを締めくくったのは、ランニリスをスタートするトロ・ブロ・レオンです。教会から鳴り響く警鐘を合図に正午にスタートした選手たちは、最初の雨に見舞われながらも、まだ笑みを浮かべていました。しかし、レースが進むにつれて、29ヶ所におよぶ未舗装路「ribinoù」が容赦なく牙を剥きます。舗装が剥がれた箇所、土や砂利の道など、路面のテクスチャは様々で、その過酷さは選手たちを疲弊させていきました。特に24番目の ribin では、森が天蓋のように覆いかぶさり、まるで昼間なのに闇の中に突入していくかのようでした。

そんな中で、アメリカ国旗を肩にかけ、足元が水浸しになりながらも子供のように目を輝かせている観客がいました。キースさんという彼は、2002年のツール・ド・フランスでアルザス出身の奥さんと出会って以来、この近くに住んでいるそうですが、トロ・ブロ・レオンは初めての観戦とのこと。「本当に馬鹿げてるよ、このレースは最高だ！」と興奮気味に語っていました。彼もまた、このブルターニュの魅力、そしてトロ・ブロ・レオンの狂気的な魅力に一瞬で恋に落ちたのでしょう。

今回のブルターニュでの4日間は、単なるレースの連続ではありませんでした。それは、この土地の豊かな自然、歴史、そしてそこに暮らす人々の自転車への情熱が一体となって作り上げる、まさに「祭り」のような時間でした。異例の短期集中開催が、皮肉にもその熱狂をさらに増幅させたのかもしれません。来年以降、この形式が定着するのか、それとも元に戻るのか。いずれにせよ、ブルターニュのサイクリングは、これからも多くのドラマを生み出し続けてくれるはずです。皆さんも、一度この熱狂を現地で体験してみてはいかがでしょうか？