デル・トロ監督のささやかな成果

マリアローザの「積み重ね」：秒を稼ぐ執念

ヴィチェンツァの地で繰り広げられた第13ステージ。ゴールラインを越えた直後、少し離れた場所で感極まっている女性の姿がありました。イサーク・デルトロの母親です。息子の新たなマリアローザ姿を目にし、喜びと誇りの涙を流していました。その光景は、この若きメキシコ人がどれほど輝かしい走りを続けているかを物語っています。

デルトロは、このステージでも見事な嗅覚とパンチ力を見せつけました。ゴールから10km手前に設けられた「レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ KM」でのボーナスタイムスプリントでは2秒を獲得。さらに、ステージ勝利を争う集団スプリントでも、3位に入り4秒のボーナスタイムを手に入れました。極めつけは、ゴールラインで集団が分断されたことによる3秒のタイム差。これらを合わせると、彼はこの1日で合計9秒ものアドバンテージをライバルたちから奪い取ったことになります。

UAEチームエミレーツのフェルナンデス・マクシン監督は「取れるものは取っておいて、ライバルに取らせない方が良い」と笑顔で語りました。確かに、フアン・アユソも「レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ KM」で4秒を獲得しており、チームとしてボーナスタイムを徹底的に狙う戦略が功を奏しています。デルトロ自身も「平坦区間であんなにも速く走ったんだ。遠くから仕掛けた時に、アユソが後ろについてきているのを見て、ライバルとの差ができたのが分かった。クリスティアン・スカーロニ（アスタナ）は捕まえられなかったけれど、これらの秒は良い収穫だ」と語っていました。21歳という若さで、これほどまでに冷静かつ貪欲に秒を稼ぐ姿勢は、まさにグランツールを制する者に共通する資質と言えるでしょう。

ステージ勝利への渇望：強豪との駆け引き

しかし、デルトロの胸中には、ステージ勝利を逃し続けているというもどかしさもあるはずです。彼は今大会、マリアローザを掴んだシエナの「ストラーデ・ビアンケ」ステージ以来、常にレースを盛り上げてきましたが、いまだステージ優勝の栄冠には手が届いていません。第7ステージのタリアコッツォでの初山頂フィニッシュではフアン・アユソに次ぐ2位、第9ステージのシエナではワウト・ファンアールトとのスプリントで2位、第11ステージのモンティではリチャル・カラパスの先行を許して2位、そして今回の第13ステージも3位と、常に上位に顔を出しながらも、あと一歩のところで勝利を逃しています。

特に、ワウト・ファンアールトやマッズ・ピーダスンといった世界屈指のスプリンター兼パンチャーたちとの対決は、デルトロにとって大きな経験となっているでしょう。シエナでのワウト・ファンアールトの狡猾な駆け引き、つまり、デルトロに牽引させておいて最後のコーナーで仕掛けるという戦術は、彼に「グランツールのステージ勝利は、ただ強いだけでは掴めない」という教訓を与えたはずです。

今回のスプリントについても、デルトロは「良い脚があったからスプリントしたけれど、結局は勝つには十分ではなかった。ピーダスンがワウト・ファンアールトを連れてあっという間に抜き去っていった。ついていこうとしたけれど、脚が残っていなかった。彼らには脱帽だ。自分はベストを尽くした」と冷静に分析しています。勝利への強い欲求と、それと同時に現実を受け入れる謙虚さ。このバランスが、彼をさらに成長させる原動力となるに違いありません。

若き才能の課題：グランツール後半戦への視線

21歳でジロ・デ・イタリアのマリアローザを着用し、連日そのリードを広げているイサーク・デルトロ。彼の勢いはとどまるところを知りませんが、グランツール経験が浅い彼にとって、第3週の「高山」が最大の試練となることは明白です。本人のコメントからも、極めて標高の高い山岳ステージでのコンディションにはまだ不安があることが見て取れます。だからこそ、彼は今、取れる限りのボーナスタイムを「貯金」しているのでしょう。

SNS上でも彼の活躍は大きな話題となっており、あるファンは「彼はサイクリングの未来だ。ポガチャルに似ている」とコメントしていました。確かに、そのアグレッシブな走り、そして総合とステージ勝利の両方を狙う貪欲さは、タデイ・ポガチャルを彷彿とさせます。しかし、ポガチャルがそのキャリア初期からグランツールで圧倒的な強さを見せてきたのに対し、デルトロはまだ未知数な部分も多い。特に、疲労が蓄積する第3週の山岳で、彼がどこまでその力を維持できるか、そしてライバルたちの猛攻に耐えられるか。ここが、彼の総合優勝への鍵を握るでしょう。

山田健一の深掘り：総合優勝への道筋とチームの思惑

私が現地で彼の表情や声のトーンから読み取れるのは、確かな自信と、それ以上の「学びへの意欲」です。彼は、マリアローザの重圧を楽しみながらも、同時にグランツールの厳しさを肌で感じ、吸収しようとしているように見えます。

UAEチームエミレーツの戦略も非常に興味深い。フアン・アユソという強力な共同リーダーを配し、デルトロと役割分担をしながら、ボーナスタイムを最大限に稼ぐというチームプレーは、他のチームにはない強みです。もしデルトロが第3週で失速するようなことがあれば、アユソが控えているという選択肢があることも、彼らにとっては大きな安心材料となるでしょう。しかし、今のところデルトロはアユソをも凌ぐ勢いを見せており、チームとしては彼を第一のエースとして押し上げていくフェーズに入っていると見ています。

対するライバルたち、アントニオ・ティベーリ（バーレーン・ヴィクトリアス）、サイモン・イェーツ（チーム ヴィスマ・リースアバイク）、そしてプリモシュ・ログリッチ（レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ）は、このボーナスタイムの積み重ねをどう見ているでしょうか。彼らはデルトロの若さとグランツール経験の少なさを、第3週の山岳で逆転するチャンスと捉えているはずです。特にログリッチのようなベテランは、デルトロの「不安」を巧みに突いてくるかもしれません。

グランツールの戦いは、単なる脚力だけでなく、精神力、チーム戦略、そして「秒」の積み重ねが勝敗を分けることを、デルトロは身をもって証明しています。彼のこの「秒」への執着は、最終的にローマでの総合優勝へと繋がるのか。

今後のジロ・デ・イタリアから、ますます目が離せませんね。あなたは彼のマリアローザをどう見ますか？