元自転車王者ルチョ・エレーラに隣人殺害教唆容疑

山田 健一です。いつも記事を読んでいただき、ありがとうございます。グランツールを中心に欧州のレースを追いかける中で、時に信じがたいニュースに直面することがあります。今回、フランスの「L'ÉQUIPE」紙が報じた内容は、まさにそんな、言葉を失うほどの衝撃でした。

往年のヒーローに持ち上がった、あまりにも重い疑惑

サイクルロードレース界の歴史に名を刻む、あのコロンビア人クライマーに、殺人教唆の容疑がかけられているというのです。1980年代、山岳で爆発的な走りを見せ、ヨーロッパの強豪たちを震え上がらせた「フサガスガの庭師」、Lucho Herrera氏。彼が、2002年に隣人4人の殺害を指示したとして、コロンビア当局の捜査対象になっているというのです。

この報道は、コロンビアのテレビ局「Noticias Uno」が伝えたもので、事件に関与したとされる元パラミリタリー組織のメンバー2人の証言に基づいているといいます。報道によると、その目的は隣人たちの土地を手に入れるためだったとのこと。あまりにも凄惨な内容に、胸が締め付けられる思いです。

衝撃の報道、元パラミリタリーの生々しい証言

報道の核心は、事件に関与したとされる元パラミリタリー組織メンバーの証言にあります。彼らの一人は、捜査当局に対し、Lucho Herrera氏から直接指示を受けたと供述しているといいます。

「Lucho Herrera氏は私に飲み物をごちそうしてくれ、クラフト封筒を二つ渡しました。一つには、捕らえるべき4人の写真が入っていました。彼は、彼らが自分を誘拐しようとしているゲリラだと言ったのです。もう一つには4000万ペソ（現在のレートで約8000ユーロ、日本円で100万円強でしょうか）が入っており、ピストルやバイクの購入に使うか尋ねられました。これらの人々は彼の農場の近くに住んでいました」

これは、L'ÉQUIPE紙が伝えた証言の一部です。写真、現金、そして具体的な指示――。あまりにも生々しい言葉に、これが本当にあの、山岳で華麗な走りを見せたLucho Herrera氏の関与が疑われる事件なのかと、耳を疑ってしまいます。隣接する土地を巡るトラブルが、このような悲劇につながった可能性が指摘されています。

誘拐事件が招いた「影」との関係

なぜ、Lucho Herrera氏がパラミリタリー組織と関係を持つことになったのか。その背景には、彼自身の悲しい経験があります。コロンビアでは長年、左翼ゲリラと政府軍、そして右翼パラミリタリー組織による武力紛争が続いてきました。Lucho Herrera氏も、かつてFARC（コロンビア革命軍）に誘拐され、多額の身代金を支払って解放された過去を持っています。

この誘拐事件の後、彼は自身の安全を守るため、地元の自警団組織（パラミリタリー）のリーダーであったサラ・マルティン Llanos氏と関係を築いたといわれています。しかし、今回の報道は、その関係が、自己防衛のためだけでなく、隣人たちの土地を奪うという別の目的のために悪用されたのではないかという疑いを投げかけています。元パラミリタリーの証言では、殺害された隣人たちの遺体はLucho Herrera氏の農場に埋められたともされており、組織側も後になってその真の目的を知ったと述べているようです。コロンビアという国の抱える複雑な社会情勢が、往年のスター選手の人生にも暗い影を落としていたのかもしれません。

「フサガスガの庭師」が見せた輝き

しかし、私が、そして日本の多くのサイクルロードレースファンが知っているLucho Herrera氏は、そんな暗いイメージとはかけ離れた存在です。彼の愛称「フサガスガの庭師」は、故郷フサガスガで庭師の息子として育ったことに由来します。小柄ながら驚異的なクライミング能力を持ち、1980年代のプロトンで、特に山岳ステージではヨーロッパの強豪たちと互角以上に渡り合いました。

1987年には、イスラエル・プレミアテック コロンビア人として初めてグランツールの総合優勝を成し遂げました。舞台はブエルタ・ア・エスパーニャ。これは、南米の選手がグランツールで総合優勝するという歴史的な快挙でした。ツール・ド・フランスでも、山岳区間で何度も勝利を飾り、特に1984年には、まだアマチュアながら「聖地」ラルプ・デュエズの頂を制しています。1985年と1987年にはツール・ド・フランスの山岳賞を獲得。まさに、コロンビア自転車界のパイオニア、ヒーローでした。

余談ですが、彼は1985年のフランスでの活躍の後、フランスからリムーザン牛を贈られたというエピソードもあります。現地のファンや関係者から、いかに愛され、尊敬されていたかがわかる話です。そんな輝かしい功績を持つ人物に、このような疑いがかけられているという事実は、にわかには信じがたいものです。

栄光と闇、そして今後の行方

輝かしい選手時代の栄光と、今回の殺人教唆という重い容疑。この間のあまりにも大きなギャップに、私はただただ戸惑うばかりです。現役を退いて約10年後の出来事とされる今回の疑惑は、選手のセカンドキャリアや、引退後の人生の難しさについても考えさせられます。

元パラミリタリー組織メンバーの証言を受け、Lucho Herrera氏に対する捜査は既に開始されているとのことです。現時点ではあくまで「容疑」であり、彼の関与が法的に証明されたわけではありません。しかし、これだけ具体的な証言が出てきている以上、事態は深刻であると言わざるを得ません。

あの山岳の英雄が、なぜこのような事態に巻き込まれているのか。本当に彼が指示したのか、それとも何か別の背景があるのか。真相の解明には時間がかかるでしょう。私たちファンとしては、捜査の行方を見守るしかありません。この悲しいニュースが、一日も早く、そして正しく解決されることを願うばかりです。