バリー・ホーバン氏死去

英国サイクリング界のレジェンド、バリー・ホーバン氏が遺した輝き

サイクルロードレースを長年追い続けている皆さん、そして熱心な日本のファンの皆さん、山田 健一です。ヨーロッパの地から、今回は少し胸が締め付けられるようなニュースをお届けしなければなりません。ツール・ド・フランスで8度の区間優勝を飾り、英国サイクリングの歴史にその名を刻んだバリー・ホーバン氏が、85歳で亡くなられたという訃報が入ってきました。1960年代から70年代にかけてプロとして活躍した彼のキャリアは、決して順風満帆なだけではなく、ドラマに満ちたものでした。特にツールでの彼の活躍は、多くのサイクリスト、そしてファンにとって、忘れられない記憶として残り続けています。

ツール・ド・フランスでの輝かしい足跡

バリー・ホーバン氏のキャリアで最も特筆すべきは、やはりツール・ド・フランスでの強さでしょう。1967年から1975年にかけて、実に8回もの区間優勝を達成しています。これは当時の英国人選手としては最多記録であり、彼のスプリンターとしての、あるいは小集団でのフィニッシュでの爆発的な強さを物語っています。彼は単なるスプリンターではなく、丘陵やアップダウンのあるコースでも力を発揮できるオールラウンダー的な側面も持っていました。だからこそ、様々なタイプのステージで勝利を掴むことができたのです。

シンプソンへの追悼、そして伝説たちとの戦い

ホーバン氏のツール初勝利は、特に感動的なエピソードとして語り継がれています。それは1967年、モン・ヴァントゥでの悲劇的な事故により、チームメイトであり同胞のトム エラ・シンプソンが命を落とした翌日のことでした。深い悲しみの中で行われたレースで、ホーバン氏は勝利。この勝利は、プロトン全体の同意によって、亡き友への追悼として彼に捧げられたものだと言われています。レースにおける友情と敬意、そして人間の尊厳を示す、あまりにも重い、しかし美しい勝利でした。彼は後にトム エラ・シンプソン氏の未亡人と結婚し、その絆はさらに深まります。また、彼のパルマレスには、1974年のヘント〜ウェフェルヘムで、あのエディ・メルクスとロジャー・デ・フラーミンクという、ロードレース史に燦然と輝く2人のレジェンドを抑えて優勝した記録もあります。これは「誰に勝ったか」でその価値が決まると言われるクラシックレースにおいて、彼の実力が本物であった何よりの証でしょう。1969年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュで3位、1972年のパリ〜ルーベで3位という成績も、彼のクラシックライダーとしてのポテンシャルの高さを物語っています。ブエルタ・ア・エスパーニャでの2度の区間優勝も見逃せません。

英国サイクリングの礎を築いた男

バリー・ホーバン氏は、デビッド・ミラーや、我々にも馴染み深いゲラント・トーマスと共に、英国人選手としてツール・ド・フランスを最も多く（11回）完走した記録を持っています。これは単に速いだけでなく、過酷な3週間のレースを走り抜くタフさ、経験、そして自己管理能力の高さを示しています。彼の活躍は、その後の英国サイクリング界に大きな影響を与えたことは間違いありません。マーク・カヴェンディッシュやゲラント・トーマスといった現代のスター選手たちが、グランツールやクラシックで活躍する道のりを切り拓いた先駆者の一人と言えるでしょう。彼のような存在がいたからこそ、現在の英国勢の躍進があるのだと、私は確信しています。

彼の功績は色褪せない

バリー・ホーバン氏の死去は、サイクリング界にとって大きな損失です。しかし、彼がツール・ド・フランスで見せた劇的な勝利、トム エラ・シンプソンとの絆、そしてエディ・メルクスらを相手にクラシックで戦った勇姿は、決して色褪せることはありません。彼は英国サイクリングの歴史における重要なピースであり、その功績はこれからも語り継がれていくでしょう。特に、レースにおける人間ドラマ、友情、そしてレジェンドたちとの真剣勝負といった、ロードレースの持つ奥深さを体現した選手でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。彼の残した物語が、これからロードレースを見始める若いファンにも伝わっていくことを願ってやみません。