英雄メルクス、ベルギーに再び一体感をもたらすコラム

エディ・メルクス、時代を超越する「カニバル」の遺産

ルーセラーレにある自転車競技博物館「KOERS」が主催した「Bravo Merckx」というイベントで、ドキュメンタリー映画『Merckx』を観てきました。私にとって40年以上ぶりの映画館でしたが、そこに映し出されたエディ・メルクスという伝説の姿は、私の少年時代の記憶と、このスポーツの根源的な魅力を見事に呼び覚ましてくれました。単なる自転車選手という枠を超え、ベルギーという国のアイデンティティさえも背負った「カニバル」の偉業は、今なお私たちに何を語りかけているのでしょうか。

少年時代の憧憬、そして衝撃の記憶

映画館の暗闇に包まれ、半世紀以上前の映像がスクリーンに映し出された瞬間、私は一瞬にして子供時代へとタイムスリップしました。まだ10歳にも満たなかった私は、1969年7月のあの美しい日曜日、エディ・メルクスがツール・ド・フランスの覇者としてヴァンセンヌのラ・シパル・ヴェロドローム（現在のジャック・アンクティル・ヴェロドローム）のボンネットに座り、熱狂的な歓声に包まれる姿を見て、この上ない幸福感に浸っていたものです。ブリュッセルのグランプラスが彼らを称える人々で埋め尽くされた光景は、今も鮮明に目に焼き付いています。

しかし、メルクスの栄光だけでなく、ドラマチックな瞬間も脳裏に蘇りました。マイヨ・ジョーヌを着ていたルイス・オカーニャがマンテ峠で劇的な落車を喫したシーンは、当時と同じように胸に突き刺さるものでした。そして、プラルーでベルナール・テブネが「メルクスを打ち破った男」として立ちはだかり、長年ツール・ド・フランスのフランス人優勝者を待ち望んでいたフランス人たちの歓喜を爆発させた瞬間。「そうだったのか！」と改めて驚かされましたが、テブネはあの「史上最も偉大な選手」をツール総合優勝から唯一阻んだ選手なのです。映画を観終えて、なぜ私がツール・ド・フランスの各ステージが終わるたびに、カレンダーの紙を背中に貼って、ヘルメットもかぶらず（当時はそれが普通でしたからね）、頭を下げてインホーイヘムの街を子供用自転車で駆け抜けていたのか、そしてなぜ部屋中をエディ・メルクスのポスターで埋め尽くしていたのかを、再び思い出すことができました。

「カニバル」の勝利への執念と人間性

映画が終わると、幸福感、ベルギー人であることへの誇り、そして深い郷愁が入り混じった感情が私を包みました。「エディ！エディ！エディ！」という歓声が頭の中でこだましているようでした。メルクスは「選手として贈り物をもらったことはない、だから与えもしなかった」と最近も語っていましたが、彼の勝利への飽くなき執念は映像からもひしひしと伝わってきます。同時代に走ったヴィリー・ファンネステは「我々はメルクスと戦うのではなく、彼の後ろを走っていた」と証言しています。そして、彼が負けた数少ないレースでは、ゴール後に誰とも口を利かず引きこもっていたというエピソードも、彼の徹底したプロ意識を表していると言えるでしょう。

また、映画は彼の人間的な側面も垣間見せてくれます。ライバルだったルイス・オカーニャとの関係性は特に印象的でした。メディアは彼らを対立させようとしましたが、メルクスはオカーニャが自分の犬に「メルクス」と名付けたことや、犬に襲われたエピソードを笑いながら語っています。「キャリア中は話すことはなかったが、その後は友人になった」という言葉からは、深い絆を感じました。キンシャサからロサンゼルス、遠く離れたモロカイ島まで、彼が世界中で認識されているという事実は、彼のレガシーがどれほど広大であるかを物語っています。かつて彼は「自転車が私にすべてを与えてくれた。何か恩返しができることが嬉しい」と語っています。自転車の上では容赦ない「カニバル」でありながら、人間としては驚くほど温厚。この二面性が、彼を単なる選手以上の存在に押し上げたのでしょう。

ベルギーの象徴、そして現代への遺産

ブリュッセルの食料品店の息子が、フランドルとワロンの溝が最も深かった時代に、両地域の対立を超越した国民的英雄へと成長したことは、ベルギーという国の歴史においても特筆すべきことです。彼の子供たち、サブリナとアクセルの名前が、ベルギーの公用語である三つの言語全てで同じ響きになるように意図的に選ばれたという話には、「なるほど！」と感嘆しました。1996年にはアルベール2世国王から男爵に叙せられ、先日もフィリップ国王にラーケン宮殿で迎えられ、3人のベルギー国王との肖像画を受け取ったといいます。まさにベルギーの生ける伝説であり、国民的統合の象徴なのです。

メルクスが今なお「スポーツの基準点」である理由が、このドキュメンタリーを通じて明確に示されています。現代のスターであるタデイ・ポガチャルでさえ、彼のパルマレス（獲得タイトル）の半分にしか達していないと評されるほどです。1978年3月19日、オムループ・ファン・ヘット・ワースラントで引退して以来、日々彼の現役時代を知らない世代が増えていますが、このドキュメンタリーはそんな若いファンにとっても計り知れない価値があります。勝利への抗いがたい衝動を秘めた、どこか控えめな青年が、いかにして「カニバル」と呼ばれる不滅の存在になったのか。「へぇ～」と唸るような彼の裏話や、チーム内の力学まで読み解けるような彼の表情は、まさにグランツール取材で培った私の経験からも「確かに！」と共感を呼ぶものです。

エディ・メルクスという存在は、単なる偉大なサイクリストに留まりません。彼はベルギーという国の精神であり、ロードレースというスポーツの魂そのものなのです。彼の80歳の誕生日を祝うこの時期に、改めて「カニバル」の足跡を辿ることで、私たちはこのスポーツが持つ無限の可能性と、時代を超えて語り継がれるべき真のヒーロー像を再認識させられます。彼の鼓動は、今もペダルのリズムと共に響き続けている。私たちもそのリズムに耳を傾け、彼の遺した情熱を胸に、未来のロードレースを見つめていきましょう。次世代の「カニバル」は、一体誰になるのでしょうか？