なぜログリッチはマリアローザを自ら手放したのか

【山田健一の視点】ジロ激動の第8ステージ：Primoz Roglic、なぜマリア・ローザを手放したのか？その深層に迫る

ジロ・デ・イタリア、序盤戦の主役の一人、Primoz Roglic（レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ）が、獲得したばかりのマリア・ローザをあっさりと手放した第8ステージ。この一見不可解な行動の裏には、勝負師Primoz Roglicの緻密な計算と、過去の経験が透けて見える。グランツール担当の私、山田健一が現地取材で感じた、その真意に迫ります。

地元イタリアで咲いたマリア・ローザ、そして対照的な表情

ジロ・デ・イタリア第8ステージ終盤、カステルライモンドのフィニッシュラインは独特の緊張感に包まれていました。逃げ集団から最後まで粘りを見せたロレンツォ・フォルトゥナート（XDS Astana）のタイムを固唾を飲んで見守る一人のベテランがいました。彼の名はディエゴ・ウリッシ（XDS Astana）。イタリア出身の彼にとって、この聖なるピンクのジャージ、マリア・ローザは長年の、いや、おそらくキャリアスタートからの夢だったでしょう。タイムが確定し、自身が総合首位に立ったことがわかった瞬間、ディエゴ・ウリッシはフィニッシュアーチの下で爆発的な喜びを全身で表現しました。その姿は、まさに夢を掴んだ男の輝きに満ちていました。

一方、その日メイン集団でフィニッシュし、総合2位に後退したPrimoz Roglic（レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ）の表情は、驚くほど穏やかでした。まるで、この結果を歓迎しているかのようにさえ見えたのです。総合リーダージャージを失ったにも関わらず、彼には焦りも落胆も見られなかった。この対照的な二人の姿に、「なるほど！」と思わず膝を打ったのは私だけではないはずです。ベテラン記者として数々のレースを見てきましたが、これほどまでに冷静なトップコンテンダーの姿は珍しい。「へぇ～」と唸らせる、まさにPrimoz Roglicならではの振る舞いでした。

過去の教訓が生んだ「早すぎるマリア・ローザ」への警戒

実は、Primoz Roglicが今大会で総合首位に立ったのは、第8ステージが初めてではありませんでした。開幕直後のティラナでの個人タイムトライアル後、彼はジョシュア・ターリングにわずか1秒差で総合首位、つまりマリア・ローザを獲得しています。しかし、その時も彼は「早すぎる」と感じていた節がありました。そして、翌日のブロラでのステージでは、マッズ・ピーダスン（Lidl-Trek）がボーナスタイムを獲得し、Primoz Roglicから総合首位の座を奪い返しました。その際も、Primoz Roglicは特に焦った様子を見せず、静観を選んでいます。

彼の頭の中には、きっと2023年大会の記憶が鮮明に残っているのでしょう。あの大会、最終日前日の山岳個人タイムトライアルで、ゲラント・トーマスからマリア・ローザを劇的な逆転で奪い取ったことは、サイクルロードレース史に刻まれる名シーンです。あの経験から、ジロというレースがいかに予測不能で、最後の最後まで何が起こるかわからないかを彼は誰よりも痛感しているはずです。だからこそ、序盤からチームに総合リーダージャージ防衛という重圧をかけ、不必要なエネルギーを消耗することを彼は何よりも避けたかったのではないか。この「早すぎるマリア・ローザ」への警戒心こそが、彼の行動原理の根底にある。「確かに！」と共感できる、百戦錬磨の勝負師ならではの戦略眼と言えるでしょう。

チーム状況と山岳ステージへの布石

さらに、チーム状況もPrimoz Roglicの判断に大きく影響を与えていると考えられます。今大会序盤、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエは重要なアシストであるジャイ・ヒンドレーを落車で失うという痛手に見舞われました。グランツールで総合優勝を狙う上で、強力なアシストを失うことはチーム力に直結します。このような状況下で、チーム全体の力を温存することは極めて重要になります。特に、今後待ち受けるのはタッリアコッツォのような難易度の高い山岳ステージや、ローマまでの長い道のりです。

第8ステージのようなアップダウンのあるコースで、逃げ集団に総合タイムで近い選手がいたとしても、それを深追いせずマリア・ローザを譲る。これは、残されたチームメイトを温存し、自分自身の脚も本当に必要な終盤の山岳決戦のために取っておくための、極めて合理的かつ冷徹な判断だと言えます。終盤、フアン・アユソ（UAE Team Emirates）がアタックを仕掛けた際も、Primoz Roglicは冷静に対応し、大きなタイム差を許しませんでした。「彼らは本当に強かったし、僕らはやるべきことをやっただけだ」と彼は語っています。この「やるべきこと」とは、おそらく「無駄な消耗を避け、主要なライバルから決定的なタイム差をつけられないようにすること」だったのでしょう。「そうだったのか！」と驚きを与える、まさに舞台裏の力学が透けて見える瞬間です。

Primoz Roglicが見据える本当のゴール地点

マリア・ローザを失ったことについて、Primoz Roglicは微塵も動じることなく「まだレースは続くじゃないか」と涼しい顔です。チームカーの順番が総合2位になったことについても、「大して変わらない。良い位置にはいるさ」と意に介さない様子でした。彼の視線は、常に最終日、ローマのフィニッシュライン、そして表彰台の最も高い位置に注がれています。

序盤でマリア・ローザを着ることは、確かに大きな名誉であり、注目を集めます。しかし、それは同時に他のチームからのマークが厳しくなり、レースコントロールの責任を負うという重い「お荷物」にもなりうるのです。特に今大会のように総合優勝候補が多く、展開が読みにくいジロでは、その負担は計り知れません。Primoz Roglicは、その「お荷物」を一時的に他チームに押し付け、自身は虎視眈々と終盤のチャンスを伺う戦略を選んだのです。これは、彼が過去の経験から学び取った、グランツールを勝つための哲学と言えるでしょう。

締め：ローマへ続く道、勝負はこれから

Primoz Roglicがマリア・ローザを手放したことで、ジロの総合争いはさらに面白くなってきました。ディエゴ・ウリッシが着るピンクのジャージがどこまで守られるのか、そしてPrimoz Roglicがいつ、どこで再び牙を剥くのか。もちろん、フアン・アユソやマッズ・ピーダスン、そして第8ステージの覇者ルーク・プラップ（チーム名の言及なし）など、他の総合有力選手たちも虎視眈々とチャンスを狙っています。目が離せないジロ・デ・イタリア。ローマまでの道のりで、どんなドラマが待っているのか、今から楽しみでなりません。次もぜひ、私のレポートを読んでほしい。