ジロ2025：驚きと落胆

ジロ・デ・イタリア2025、激動の3週間を振り返る：山田健一が読み解く「サプライズ」と「誤算」

ジロ・デ・イタリア2025が幕を閉じました。今年もまた、予測不能なドラマが繰り広げられた3週間だったと、現地でその熱狂を見つめてきた私は感じています。期待を遥かに超える輝きを放った若手、ベテランの意地を見せた復活劇。その一方で、大きな期待を背負いながらも苦渋を味わった選手たちもいました。現地メディアの論調や、選手たちの表情、声のトーンから読み取れる背景を交えながら、今年の「マリア・ローザ」を巡る戦いを彩った選手たちの光と影を深掘りしていきましょう。

期待を超えた輝き：サプライズを巻き起こした新星とベテラン

今回のジロでは、多くの「まさか」が生まれました。特に若手選手の躍進は目覚ましく、彼らの成長はグランツールをさらに面白くしていくでしょう。

まずは、イサーク・デルトロ Toro。UAEチームエミレーツ・XRGは、アダム・イェーツやフアン・アユソをエースとしてジロに臨んだはずでした。しかし、この21歳のメキシコ人クライマーは、シエナへのグラベルステージで鮮やかにマリア・ローザを獲得し、最終週にはチームの絶対的なエースへと昇格。第16ステージでやや失速したものの、翌日のボルミオでステージ優勝を飾り、クライミング能力への疑念を一掃しました。ジロ全体でトップ3のクライマーに数えられた彼の才能は本物です。ただ、コッレ・デッレ・フィネストレでの戦術的選択には、チーム内での複雑な力学が見え隠れしたようにも感じました。マリア・ローザを長く着続けた彼の未来に、多くのサイクリングファンが期待を寄せていることでしょう。

そして、ジュリオ・ペリツァーリ。2024年のジロで既にその片鱗を見せていた彼ですが、Red Bull-BORA-hansgroheに移籍し、プリモシュ・ログリッチのアシストという新たな役割を得て、さらに大きく飛躍しました。ログリッチの離脱後、彼はまるで水を得た魚のように躍動し、最終週には総合上位陣と互角に渡り合い、見事総合6位フィニッシュ。アシストからエースへと転身を遂げた彼の成長には目を見張るものがあります。彼とデルトロがモナコで祝杯を挙げるという話は、若い世代の絆を感じさせ、私たちファンにとっても微笑ましいエピソードですね。

遅咲きの開花を見せたのが、デカトロン・AG2Rラモンディアール チーム-AG2R La Mondialeのニコラ・プロドムです。ツール・オブ・アルプスでチームメイトにステージ優勝を譲られたというエピソードを持つ彼が、今回のジロのクイーンステージで最強の逃げ屋であることを証明しました。レース後、「ようやくギャンブルしてアタックする勇気が出た」と語った彼の言葉は、まさに覚醒の瞬間を捉えていたと言えるでしょう。この自信を得た彼が、今後どんなアグレッシブな走りを見せてくれるのか、今から楽しみでなりません。

オランダのタイムトライアルスペシャリスト、ダーン・ホーレもまた、その実力を国際的な舞台で示した一人です。第2タイムトライアルでの勝利は、多くのファンにとってサプライズだったのではないでしょうか。Lidl-Trekでの献身的なアシストぶりも光り、チームの成功に不可欠な存在としてその価値を証明しました。

スプリントステージでは、Picnic PostNLのカスペル・ファンウーデン Udenがその名を轟かせました。オラフ・コーイ、マッズ・ピーダスンといった名だたるスプリンターを抑え、ブラム・ウェルテンの完璧なリードアウトを受けてワールドツアー初勝利。その後も2位に入るなど、そのスピードは本物です。新たなスプリンター王国の誕生を予感させる、鮮烈なデビューでした。

そして、ベテランの意地を見せたのが、チーム ヴィスマ・リースアバイクのSimon Yatesです。2018年のブエルタ総合優勝者でありながら、近年は不調が続いていました。しかし、今回のジロでは、彼が7年前に総合優勝を失った因縁の地、コッレ・デッレ・フィネストレで強烈なアタックを敢行。この劇的な復活劇は、多くのサイクリングファンを熱狂させました。チーム移籍後の適応に苦しんでいた彼が、最高の形でその実力を再証明した瞬間でした。

誤算と苦悩：期待に応えられなかった大物たち

光があれば影もある。大きな期待を背負いながらも、今回のジロでは悔しい結果に終わった選手たちもいます。

Q36.5 Pro CyclingのTom Pidcockは、その代表格と言えるでしょう。ジロ参戦が遅れて決まったにもかかわらず、「優勝を目指し、毎日アグレッシブに走る。総合には興味ない」と豪語していました。しかし、その言葉とは裏腹に、ステージ優勝争いに絡むことはほとんどなく、シエナのグラベルステージでも期待を裏切る結果に。総合とステージ優勝の「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉が、まさに彼に当てはまってしまったように思えます。マルチタレントゆえの目標設定の難しさが、彼を苦しめたのかもしれません。最終的に総合16位という結果は、彼のポテンシャルを考えれば物足りないと言わざるを得ません。

XDS Astanaのワウト・プールスも、苦しいジロとなりました。ブエルタ、ツールでのステージ優勝経験を持つ彼は、「トリロジー（三冠）」達成のため、ジロでのステージ優勝を悲願としていました。しかし、今シーズン好調のXDS Astanaにあって、彼には不運がつきまといました。第11ステージではチャンスのある逃げに乗ったものの、ルーク・プラップの存在が協調を妨げ、チャンスを逃してしまいました。その後の山岳ステージでも精彩を欠き、38歳という年齢を考えれば、今回のジロは彼にとって非常に残念な結果だったと言えるでしょう。

総合優勝のトップフェイバリットの一人だった、UAEチームエミレーツ・XRGのフアン・アユソもまた、悔しいジロとなりました。序盤はタイムトライアル、山岳ステージで好調を維持し、強力なチームのサポートも得て順調に見えました。しかし、シエナのグラベルステージからチーム内のモメンタムがイサーク・デルトロに傾き、第16ステージで大失速。総合優勝の望みが消え、さらには蜂刺されによる目の腫れでリタイアを余儀なくされました。22歳という若さとはいえ、彼がこれまで見せてきた素晴らしいパフォーマンスを考えれば、今回の結果は本人にとってもファンにとっても誤算だったことでしょう。

そして、同じく総合優勝候補の筆頭だったRed Bull-BORA-hansgroheのPrimoz Roglicです。フアン・アユソとの熱いデュエルが期待されましたが、その対決は実現しませんでした。序盤のタイムトライアルで2位と好スタートを切ったものの、最初の山岳で遅れ、シエナのグラベルでの落車が彼を大きく苦しめました。一時的な復調を見せたものの、コンディションは上がらず、アシアーゴへの日曜ステージで完全に力尽き、翌日また落車しリタイア。度重なる落車と不運が彼から勝利を遠ざけました。彼の中では、既に次の目標であるツール・ド・フランスへと意識が切り替わっているのかもしれません。

Groupama-FDJのダヴィド・ゴデュも、今大会でその存在感を示すことはできませんでした。ブエルタでの2度のステージ優勝や、2023年のパリ〜ニースでタデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴーに次ぐ2位に入った実績を考えれば、彼の今回のパフォーマンスは期待外れと言わざるを得ません。しばしば逃げ集団に入るものの、終盤まで残れず、チーム全体としても低調なジロとなりました。彼にとって、キャリアの転換点となるシーズンになるかもしれません。

ジロが示したサイクルロードレースの奥深さ

今回のジロ・デ・イタリアは、まさにサプライズと誤算が交錯する人間ドラマの縮図でした。個人のコンディション、チーム戦略、そして何よりも予測不能な「運」の要素が、レースの行方を大きく左右することを改めて示してくれました。

SNS上でも、各選手のパフォーマンスについて活発な議論が交わされていました。「なぜアユソはデルトロにエースの座を譲ったのか？」「ログリッチの落車がなければどうなっていたか？」「ピドコックは本当に総合を狙っていなかったのか？」といった声が飛び交い、ファンそれぞれの視点からレースを分析する熱気に満ちていましたね。

私が現地で見てきた選手たちの表情や、チーム関係者から聞こえてくる声のトーンは、彼らが背負うプレッシャーや、レース中の葛藤を物語っていました。特に、エース交代劇の裏には、チーム内の複雑な力学や、若手選手の爆発的な成長に対するベテランの戸惑い、あるいは受け入れの姿勢が見て取れました。

次なる挑戦へ：サイクルロードレースの未来

今年のジロは、若手選手の台頭が特に印象的でした。イサーク・デルトロやジュリオ・ペリツァーリのような新星が、グランツールでこれほどのパフォーマンスを見せるのは、サイクルロードレースの未来が明るい証拠です。彼らが今後、さらに経験を積み、世界のトップ選手たちとどのように渡り合っていくのか、想像するだけで胸が高鳴ります。

一方で、期待を裏切った選手たちも、この経験を糧に次なる挑戦へと向かうことでしょう。特にログリッチがツール・ド・フランスでどんな走りを見せるのか、ピドコックがマルチタレントとしてのバランスをどう取るのか、彼らの今後の動向から目が離せません。

この激動の3週間が、今後のレースシーンにどのような影響を与えるのか、そして今回名を挙げた選手たちが次にどんな走りを見せるのか、今から胸が高鳴ります。私たちサイクルロードレースファンは、彼らの次なる挑戦に熱い視線を送り続けることでしょう。