法王フランシスコと自転車愛 サガンが贈った白いスペシャライズド

法王と世界王者、自転車が紡いだ絆 ～ピーター・サガンがバチカンに贈ったSpecialized Vengeの物語～

皆さん、こんにちは。プロチームメカニックの松田 翔太です。

ロードレースの世界では、選手たちの限界への挑戦、チームの緻密な戦略、そしてメカニックが魂を込めて整備する機材が一体となって、数々のドラマが生まれます。しかし、時にそのドラマは、レース会場から飛び出し、予期せぬ場所で、予期せぬ人物との間に生まれることがあります。今日ご紹介するのは、自転車が繋いだ、ある「世界王者」と「法王」の心温まる交流のお話です。

ロードレースファンにとって、「法王」と自転車界の繋がりは、実は古くから存在します。1950年の聖年には、ピオ12世教皇がジロ・デ・イタリアをバチカンに迎え入れ、ジーノ・バルタリがその傍らにいました。1974年には、虹色のアルカンシェルを着たジモンディと、不世出の王者メルクスが、バチカンからスタートしたジロのキャラバンを率いてパウロ6世教皇を訪問しています。そして2000年の聖年には、マルコ・パンターニがヨハネ・パウロ2世教皇の前で跪く姿がありました。

しかし、歴代の法王の中でも、最も自転車に深い愛情を示されたのがフランチェスコ教皇でしょう。教皇は自転車を単なる乗り物としてだけでなく、教会のメタファーとして捉えられていました。「教会の均衡は自転車の均衡に似ている。動いている時はしっかり安定しているが、止めてしまえば倒れてしまう」。この言葉からは、教皇の自転車に対する深い洞察が伺えます。そして、自転車が持つシンプルさ、持続可能性、経済性、環境性能といった側面に注目し、特に脆弱な立場にある人々が教育や医療といった基本的なニーズにアクセスするための重要な移動手段であると、その価値を高く評価されていました。

伝説のVenge、バチカンへ

そんな自転車を深く理解されるフランチェスコ教皇のもとを、ある日、一人の世界王者が訪れました。その人物こそ、2015年から2017年にかけて前人未到のロード世界選手権3連覇を達成したピーター・サガンです。子供たちにとってのヒーローであり、自転車を「楽しむもの」として体現し、多くのサイクリストに影響を与えたサガン。当時、デカトロン・AG2Rラモンディアール チームの中心選手であった28歳のサガンは、2018年1月24日、バチカンのサンピエトロ広場で開催された一般謁見の場に姿を見せました。

彼に同行したのは、彼が長年信頼を寄せるバイクブランド、SpecializedのイタリアCEO、エルマンノ・レオナルディ氏でした。謁見の後、フランチェスコ教皇はサガンのもとに歩み寄り、彼から特別な贈り物を贈呈されました。それは、Specialized製のロードバイク、Vengeでした。メカニックの視点から見ると、当時のVengeは、そのエアロダイナミクス性能で最先端を走っていたモデルです。そのバイクが、バチカンカラーである白一色に塗られ、バチカンのロゴ、法王の紋章、そしてサガンの母国アルゼンチンの国旗がフレームに配され、「Francesco」の名前が刻まれていました。さらに、暗闇で光を反射する特殊な塗料が使われていたといいます。世界王者のバイクに宿る技術と、法王への敬意、そして自転車が持つ光のメタファー。まさに唯一無二の機材であり、メカニックとして、そのバイクに触れてみたかったと心から思います。

ピーター・サガンが語る信仰心

この特別な機会に、サガンはフランチェスコ教皇と個人的な対話をする時間も得たといいます。サガンは敬虔なカトリック教徒であり、レース前には父親のルボミール氏が彼の顔に十字を切るのが恒例でした。彼はこの謁見について、後にこう語っています。「フランチェスコ教皇は、私のために祈ってほしいと頼まれました。私は必ずそうすると答えました。私はこう考えています。法王は私たち一人ひとりのために、全世界のために祈っておられる。だからこそ、彼には大きな力が必要で、その力は他の人々が彼のために祈ることによって生まれるのです。このような機会は人生で一度あるかないか、いや、もしかしたら決して巡ってこないかもしれない。私は信者であり、私の家族も信者です。両親のヘレナとルボミールを連れて行けたことが、本当に嬉しかった。」

さらにサガンは、信仰が彼に与える影響についても言及しています。「神を信じることは、人生の方向性を示し、最もネガティブなことの中にも良い側面を見出す助けとなる。そして、他者を裁く前に自分自身を見つめ直すことを思い出させてくれる。そして、本当に裁くことができるのは神だけなのだ。」フランチェスコ教皇については、「法王は素晴らしい。彼は親しみやすい。難しい概念をシンプルな言葉や例えで説明する才能があり、誰にでも理解できるように話される。彼は模範であり、世界の生活にとって重要な人物だ。信じていない人々でさえ、法王を知っており、彼を通して、もし望むならば、神を発見することができる。」と、深い敬意と親愛の情を示しました。

自転車という共通項が結びつけた、世界王者と法王の絆。それは、機材の性能やレースの順位を超えた、人間的な温かさや信仰の尊さを感じさせるエピソードです。この特別なSpecialized Vengeは、バチカンのどこかに大切に保管されているのでしょうか。あるいは、あの夜光塗料のように、静かに、しかし確かに光を放ちながら、世界に自転車のメッセージを伝え続けているのかもしれません。ピーター・サガンが今後、どのようなキャリアを歩むのか、そして自転車がこれからもどんな素晴らしい物語を紡いでくれるのか、楽しみに見守っていきましょう。