メルクス、ジロでの八百長誘惑とドーピング冤罪を語る

「カニバル」の告白：エディ・メルクスが語る1969年ジロの「闇」と、ドーピング疑惑の真実

エディ・メルクス、自転車ロードレース界の「カニバル（人食い鬼）」――。その圧倒的な勝利数と、常に勝利を追い求める飢えた精神からそう呼ばれた彼は、6月17日に80歳の誕生日を迎えます。この記念すべき節目に、イタリアの著名紙『コリエーレ・デラ・セーラ』のインタビューに応じ、彼の輝かしいキャリアの裏に隠された、衝撃的な「真実」を明かしました。特に1969年のジロ・デ・イタリアで彼を襲ったドーピング疑惑、そしてその前に持ちかけられたとされる「レース売却」の提案。一体、あの時何が起こっていたのでしょうか？ 長年のグランツール取材で培った私の視点から、その深層に迫ります。

レジェンドが語る「レースを売る」という選択肢

メルクスの告白で特に衝撃的だったのは、1969年のジロ・デ・イタリアでの出来事です。彼は当時、サルヴァラーニに所属していたルーディ・アルティヒから、レースを売るよう持ちかけられたと語っています。「もし受け入れていれば、ドーピング陽性にはならなかったかもしれない」とまで示唆しているのです。

「レースを売る」――この言葉の響きに、皆さんは何を思われるでしょうか？ 勝敗が金銭で左右されるという、スポーツマンシップに反する行為。しかし、当時のロードレース界には、そういった「取引」がまかり通っていた側面があったことも否定できません。メルクスはアルティヒの提案を断固として拒否しました。「冗談だろう？ ジロは売れるものじゃない」と。この言葉には、自転車レースに対する彼の純粋な情熱と、絶対的な勝利への執念が凝縮されているように感じます。彼にとって、レースは「売買の対象」ではなく、自身の魂を賭ける神聖な舞台だったのです。この断固たる拒否が、後に彼を襲う「罠」の引き金になったとすれば……。

疑惑のドーピング陽性：仕組まれた罠か？

メルクスがサヴォーナでのドーピング検査で陽性となり、レースから除外されたのは、この「レース売却」の提案を拒否した直後のことでした。検出されたのは「フェンカムファミン」という刺激剤。彼はこの結果に対し、一貫して「絶対に身に覚えがない」と主張し続けています。

「なぜ、愚かな平坦ステージでドーピングする必要があったんだ？ ジロはほとんど勝ち取っていたし、マリア・ローザを着ていたから、検査されるのは当然だ。そんなリスクを冒す理由がどこにある？」彼のこの問いかけは、あまりにも真っ当です。すでに総合首位に立ち、圧倒的な強さを見せていた彼が、なぜわざわざリスクを冒してドーピングに手を出す必要があったのか。しかも、その後のチームオーナーによる再検査では陰性だったという裏話も、彼の潔白を裏付けるかのように響きます。

当時、フェリーチェ・ジモンディも同じ物質で陽性反応を示しながら、後に無罪となったケースがあったことも、メルクスの疑念を深める要因となったでしょう。メルクスの「誰かが私を陥れた」という強い信念は、単なる被害妄想ではなく、当時のレース界に渦巻いていた複雑な人間関係や利権争いを背景に、真実味を帯びてくるのです。

ジモンディへのマリア・ローザと、ファンの声

メルクスがレースから除外された後、マリア・ローザはフェリーチェ・ジモンディに渡されました。しかし、ジモンディはそれを着用することを拒否したと言います。このエピソードは、メルクスとジモンディ、そしてヴィットリオ・アドルニといった当時のライバルたちが、単なる競争相手ではなく、互いにリスペクトし合う関係であったことを示唆しています。彼らの間には、勝負を超えた絆があったのでしょう。

このメルクスの告白に対する、イタリアのファンからのコメントも興味深いものでした。多くのファンが「メルクスを信じる」「彼は陥れられたに違いない」と、今もなお彼を支持していることが見て取れます。中には、「彼の連勝が妬みを買い、多くの敵を作った」という意見もありました。メルクスのあまりにも圧倒的な強さは、時に周囲の嫉妬や反感を買うこともあったのでしょう。ツール・ド・フランスのピュイ・ド・ドームでのパンチ事件も、彼の「カニバル」たる所以が、フランスのファンには受け入れがたかったのかもしれません。レジェンドに対するファンの変わらぬ愛情と、その裏にある複雑な感情が入り混じった反応は、私にとっても「なるほど！」と唸らされるものでした。

現代に問いかける「過去の闇」

メルクスの告白は、単なる過去のドーピング事件の裏話に留まりません。これは、サイクルロードレースの歴史に深く根ざした「闇」の部分、すなわち、勝利の裏に隠された不正や利権、そして人間ドラマの複雑さを浮き彫りにします。

現代のロードレースは、当時とは比較にならないほどドーピング検査が厳格化され、透明性が求められるようになりました。しかし、それでもなお、チーム内の力学や、選手を取り巻く環境、そして勝利への執念が、時に倫理の境界線を曖昧にすることはあるのではないでしょうか。例えば、先日報道されたベルナルの「UAEチームエミレーツ・XRGはデル・トロが前にいるのに牽引した。理解できない…」というコメントは、現代のレースにおけるチーム戦略や、選手間の思惑が複雑に絡み合っていることを示しています。メルクスの時代とは形こそ違えど、レースには常に、我々が知り得ない「裏側」が存在するのかもしれません。

メルクスの「レースは売れない」という言葉は、現代の選手たちにも通じる、スポーツマンシップの根源的な問いかけです。彼の告白は、勝利への執念が、時にどれほどの犠牲を伴うか、そして、真の勝利とは何かを、改めて私たちに考えさせるきっかけを与えてくれます。これからも、この偉大なスポーツの光と影を、皆さんと共に深く見つめていきたいと思います。次回の記事でも、ヨーロッパのレース現場から、また一歩踏み込んだ情報をお届けしますので、どうぞご期待ください。