メルクス「死にかけたが神が助けた。夕食は教皇と、トランプとは絶対ない」

「死」と隣り合わせの伝説、80歳の告白

「死ぬかと思ったが、神が私を助けてくれた」。この言葉は、インタビュー冒頭でメルクスが語った、過去の壮絶なバイク事故についての一節です。長年グランツールを中心に取材をしてきた私でも、これほど赤裸々な告白には息を呑みました。彼のキャリアは、単なる勝利の記録ではありません。そこには、常に死と隣り合わせの危険があり、それでもなお勝利を追求し続けた人間の精神性があったのです。

メルクスの言葉は、私たちの想像を遥かに超える深みを持っています。例えば、「夕食を共にするなら？ 教皇とはするが、トランプとは絶対にしない」という発言。これは彼の人間性、そして世界観を如実に表していると言えるでしょう。単なるアスリートの枠を超え、自身の価値観を明確に持つ彼の姿勢は、現代の選手たちにも大きな影響を与えているのではないでしょうか。80歳という節目を迎えた今もなお、その存在感は圧倒的です。

栄光の「数字」が語り尽くせない真実

エディ・メルクスという名前を聞けば、誰もがその驚異的な「数字」を思い浮かべるでしょう。ジロ・デ・イタリア5回、ツール・ド・フランス5回、世界選手権3回、モニュメント19回、そして1972年メキシコでのアワーレコード。その勝利数は、実に525回に上ります。まさに「途方もない」としか言いようがありません。彼は1945年6月17日生まれ、戦後の混乱期から現代に至るまで、サイクリングの歴史を文字通り「生きてきた」人物なのです。

しかし、メルクス自身は「それらはただの数字に過ぎない…」と語ります。この言葉の裏には、彼が勝利のために払った計り知れない犠牲と、数字だけでは決して測れない情熱、そしてサイクリングという競技への深い愛情が込められているように感じます。ブリュッセル北部のマイゼにある彼の自宅で彼に会うことは、「儀式のような体験」だと記事は表現しています。それは、単なる偉大な選手に会うのではなく、サイクリングそのものの歴史と対峙するような感覚に近いのかもしれません。親しみやすい笑顔の裏に、サイクリング界のすべてを見つめてきた眼差しがある。まさに「人食い鬼」の異名にふさわしい、底知れぬオーラを放っているのでしょうね。

買収の誘惑、そして新旧の王者たちへの眼差し

インタビューでは、メルクスがプロの世界の厳しい現実を語る場面もありました。「ジロで負けるために提供された金」という衝撃的な告白は、彼の時代がいかに熾烈で、そして時に倫理的な葛藤を伴うものだったかを物語っています。そんな中で、彼は常に勝利を追求し、その偉業を成し遂げてきました。

現代の選手たちについても、メルクスは率直な意見を述べています。特に印象的だったのは、ランス・アームストロングへの「がっかりした」という言葉。ドーピング問題で失墜した彼のキャリアについて、メルクスのようなレジェンドが語る言葉の重みは計り知れません。一方で、マルコ・パンターニについては「史上最高のクライマー」と絶賛。その評価は、パンターニのクライミング能力がどれほど突出していたかを改めて示しています。

そして、現役最強の一人であるタデイ・ポガチャルについては、「私のようなライバルがいない」と語っています。これは、ポガチャルを過小評価しているわけではなく、メルクス自身の時代がいかに多くの強敵に恵まれていたか、そして彼がいかに激しいライバル関係の中で勝利を掴み取ってきたかを物語っているように感じます。現代のロードレース界は、特定の選手が突出する傾向にありますが、メルクスの時代は、まさに群雄割拠の時代だったのです。

自転車がなければ、サッカー選手に？

「もし自転車に乗っていなかったら、アンデルレヒトでサッカーをしていた」。これは、メルクスが語った、もしものキャリアパスです。ベルギーの強豪サッカークラブ、アンデルレヒトでプレーするという彼の言葉は、サイクリング界の絶対的な王者が、もし別の道を選んでいたらどうなっていたかという想像を掻き立てます。彼が持つ天賦の才が、自転車競技以外でも花開いていた可能性は十分にあります。

このエピソードは、メルクスが単なる「サイクリスト」ではなく、あらゆるスポーツにおいて頂点を目指せるような、並外れた身体能力と精神力を持った人物であったことを示唆しています。彼の「チップで初めて買った自転車」というエピソードもまた、彼のキャリアの原点にある純粋な情熱を物語っています。

エディ・メルクスの80歳の誕生日インタビューは、彼の偉大さを再確認させるだけでなく、ロードレースというスポーツの奥深さ、そしてその歴史を彩ってきた人間ドラマの豊かさを改めて感じさせてくれるものでした。彼の言葉は、現代の選手たち、そして私たちファンにとっても、多くの示唆を与えてくれるはずです。これからも「人食い鬼」の言葉に耳を傾け、そのレガシーがどのように語り継がれていくのか、注目していきたいと思います。