サイモン・イェーツ、雪辱を果たす

7年越しの雪辱！フィネストレ峠が魅せたドラマ

「愛は7年続くかもしれないが、和解にも7年かかる」――この言葉が、今、私の脳裏に強く響いています。2018年、当時ジロの総合リーダーだったサイモン・イェーツ選手は、フィネストレ峠でクリストファー・フルーム選手の歴史的な独走を前に、全てを失いました。35分42秒という絶望的なタイム差を喫し、マリア・ローザは遠ざかり、彼のジロは突如として終わりを告げたのです。あの時の彼の絶望を、私は今でも鮮明に覚えています。

そして2025年、再び彼を試すかのように、同じフィネストレ峠が最終盤のステージに組み込まれました。砂塵舞うグラベルの急勾配、狭い道、そして頂上へ続く未舗装路。まさに「因縁の地」です。しかし、サイモン・イェーツ選手は違いました。これまで総合上位をキープしながらも、UAEチームエミレーツの若きエース、イサーク・デルトロ選手や、経験豊富なリチャル・カラパス選手に押され、なかなかアタックを仕掛けられずにいた彼が、この日、別人のような走りを披露したのです。

スタート前、彼は「フィネストレは特別な場所、ショーのための場所だ。あのチャプターを終わらせるために戻りたかった」と語っていました。その言葉通り、彼はフィネストレの轟音の中で、過去の自分と対峙し、そして打ち破ったのです。2018年の悪夢を乗り越え、2025年のジロをひっくり返す。この7年間、彼がどれほどの思いを抱え、どれほどの努力を重ねてきたか。その全てが、フィネストレの砂塵となって舞い上がり、彼の魂の走りを彩った瞬間、私の胸は熱くなりました。

チーム ヴィスマ・リースアバイクの完璧な戦略とワウト・ファンアールトの献身

この劇的な逆転劇は、サイモン・イェーツ選手個人の力だけでなく、チーム ヴィスマ・リースアバイクの緻密な戦略と、チームメイトたちの献身があってこそ成し遂げられたものです。マルク・リーフ監督は「私たちが立てた計画は、細部まで完璧に実行された。素晴らしい結果だ」と語っていますが、まさにその通りでした。

特に注目すべきは、ワウト・ファンアールト選手の存在です。彼はフィネストレ峠の下り、そしてその後の平坦区間で、サイモン・イェーツ選手に貴重なサポートを提供しました。チーム ヴィスマ・リースアバイクの二人は、イサーク・デルトロ選手とリチャル・カラパス選手の精神を大きく揺さぶりました。「サイモンはとても勇敢なアタックだった。ここまで遠くから仕掛けるとは。順位のためではなく、勝利のために全てを捧げる選手が好きだ。彼には脱帽だ」とワウト・ファンアールト選手が語るように、彼らの間には確固たる信頼関係が築かれていたのです。

このシーンは、過去のグランツールでも数多く見てきました。エースを勝利に導くためのアシストの献身は、時にステージ優勝よりも大きな価値を持つことがあります。ワウト・ファンアールト選手のようなオールラウンダーが、フィネストレのグラベルダウンヒルという、まさに彼の得意分野で完璧なアシストを見せたことは、チームの戦略がどれほど周到に練られていたかを物語っています。チーム内の力学、そして選手間の絆が、この「おとぎ話」を現実のものとしたのです。

UAEチームエミレーツの誤算とイェーツの「本物」の強さ

一方で、この日の結果は、UAEチームエミレーツにとって大きな誤算となりました。イサーク・デルトロ選手とリチャル・カラパス選手を擁し、数的優位にあったにもかかわらず、サイモン・イェーツ選手の単独アタックを許してしまったのです。マウロ・ジャネッティGMは、悔しさを滲ませながらも「サイモンはジロをひっくり返す勇気と、最後まで走り切る足と頭を持っていた。彼のパフォーマンスは並外れていた。フィネストレで開いた差は、まさに彼の足の差だ。これはイェーツのパフォーマンスであり、他者の不出来ではない」と、サイモン・イェーツ選手の絶対的な強さを認めました。

彼は前夜、「グラベルは好きじゃないが、足は良かった。明日も同じだといいんだけど、何か試せたら…」と控えめに語っていましたが、その言葉の裏には、秘めたる闘志が燃え盛っていたのでしょう。アダム・イェーツ選手も「彼は好調に見えるが、前を走る二人ほど爆発的ではないかもしれない。でもサイモンは長い登りが得意だ。この日は彼にとってより良い日になるだろう」と兄の潜在能力を信じていました。

フィネストレの麓でリチャル・カラパス選手が最初のアタックを仕掛けた時、サイモン・イェーツ選手は一瞬遅れをとりましたが、慌てることなく冷静に差を詰め、そして満を持して3度のアタックで飛び出しました。数十メートル先で彼を抑え込もうとしたイサーク・デルトロ選手とリチャル・カラパス選手は、まさか彼がそのまま独走態勢に入り、総合タイムをひっくり返すとは夢にも思わなかったでしょう。これは、データだけでは測れない、サイモン・イェーツ選手の経験と、勝利への執念が生み出した、まさに「本物」の強さでした。

「おとぎ話」の結末、そして次なる物語へ

ゴールラインを通過した瞬間、サイモン・イェーツ選手は、勝利の雄叫びをあげることもなく、ただ静かに、そしてゆっくりとチームメイトの元へ向かいました。そして、チームスタッフの顔を見た途端、堰を切ったように涙があふれ出し、両手で顔を覆いました。「信じられない。何年もこの瞬間のために懸命に努力してきた。これはおとぎ話だ」と、彼は絞り出すように語りました。あの涙には、2018年の悔しさ、7年間の苦悩、そしてついに果たした雪辱の思いが全て詰まっていたことでしょう。私も画面越しにその涙を見て、思わずもらい泣きしてしまいました。

このジロ・デ・イタリアでの劇的な勝利は、サイモン・イェーツ選手のキャリアにおいて、間違いなく最高の瞬間の一つとして刻まれるでしょう。そして、この勝利は、彼が今後、ツール・ド・フランスなどのグランツールでどのような挑戦を見せてくれるのか、私たちファンに新たな期待を抱かせます。

2025年ジロ・デ・イタリアは、サイモン・イェーツ選手の「おとぎ話」で幕を閉じようとしています。しかし、サイクルロードレースの物語は、決してこれで終わりではありません。次なるグランツール、そして世界各地で繰り広げられる熱戦で、またどんなドラマが生まれるのか。私は、この感動を胸に、これからも世界のレースを追い続けます。次回のレポートもお楽しみに！