チームは我が子」グルパマ・FDJ-Suezを築いたマネージャー デルクール

ステファン・デルクールという男：FDJ-Suezを女子ロードレース界の盟主へ導いた情熱

皆さん、こんにちは。グランツールを中心に追いかけている山田 健一です。

今週末、いよいよ女子ロードレース界最初のグランツール、「ラ・ブエルタ・フェメニーナ」が開幕しますね。男子のジロ・デ・イタリアを前に、女子の熱戦も目が離せません。特に注目しているのが、近年目覚ましい成長を遂げ、今やワールドツアー屈指の強豪へと上り詰めたチーム FDJ-Suezです。このチームを率いるのが、ステファン・デルクール氏、39歳。彼の存在なくして、このチームの躍進は語れません。会計士から転身し、家族への愛を原動力に、情熱と戦略でチームを頂点へ導いた男の素顔に迫ります。

家族への愛が築いたチームの礎

デルクール氏の物語は、実に人間味あふれるものなのです。彼のサイクリングキャリアはエリートレベルで「勤勉だが平凡」なものでしたが、家族は熱心なサイクリストでした。祖父はクラブ会長、父は元選手でやはりクラブ会長。家にいれば自転車の話ばかりだったと言います。彼は自身の競技キャリアよりも、会計学の道を優先しました。

チーム FDJ-Suezの前身であるVienne Futuroscopeが設立されたきっかけは、彼の妻となるエマニュエル・メルロー選手が所属チームを失ったことでした。彼女のために、という家族の愛から始まったチームに、若き会計士だったデルクール氏もボランティアで加わります。まさに「家族経営」の始まりだったわけです。

転機が訪れたのは2013年。妻が現役を引退し、最初の子どもが生まれた時です。チームの周りからモチベーションが失われ、活動停止も現実味を帯びてきました。しかし、彼は諦めなかった。「毎朝、娘の目の輝きを見るたびに、彼女のために諦めるわけにはいかないと思うんだ」。この言葉に、彼のチームへの、そして家族への深い愛情が凝縮されています。元チームメイトで、現在はオリンピック金メダリストでもあるGrace Brownが「彼はとても家族を大切にする人で、チームは彼にとって子どものようなもの」と語っているのを聞くと、なるほど、と腑に落ちます。この家族愛こそが、チームの揺るぎない基盤となっているのでしょう。

会計士の視点と大胆な行動力

会計士としてのキャリアを積んでいたデルクール氏ですが、チームへの情熱は失いませんでした。妻の引退後、彼はチームの全権を握ることになります。「消去法ではなく、銀行保証ができる年齢で、唯一チームを信じていたから」と本人は語りますが、そこには並々ならぬ覚悟があったはずです。

彼のチーム運営は、会計士らしい堅実さと、時には大胆な行動力が組み合わさっています。「良い父親のように」家計を管理し、Excelシートを駆使して資金繰りに奔走する一方で、チームの未来を変えるような一手を打ちました。それが、2016年にフランセーズ・デ・ジュー（フランスの宝くじ公社）のPDGであるステファン・パレ氏に、パリ市庁舎の廊下で「度胸一発」直談判したというエピソードです。この出会いが、チームの、そしてフランス女子サイクリング界の運命を変えたと言っても過言ではありません。

フランセーズ・デ・ジューの支援を得て予算は大幅に増加し、2020年にはワールドツアーに参入、2022年には世界のトップ5入りを果たしました。そして、2022年にはスエズが共同メインスポンサーに加わり、彼は長年のボランティアからフルタイムのマネージャーとなったのです。金融業界での確かなキャリアを捨ててまで、彼はこのチームに全てを捧げることを決意した。その情熱と覚悟には、思わず「そうだったのか！」と驚かされます。

人間中心の哲学が築く信頼関係

チームが国際化し、予算規模も大きくなっても、デルクール氏は創業以来の価値観を大切にしています。「人間が中心であること」。これを徹底するために、ディレクター・スポルティフやパフォーマンスコーチを自ら育成していると言います。「皆、勝ちたいし、歴史を作りたい。でも、倫理観を犠牲にしてはいけない」。この言葉に、彼のブレない哲学を感じます。

元チームメイトのMarion Rousse（現ツール・ド・フランス・ファムディレクター）が「チームのアイデンティティは変わっても、そこに自分を見出すことができる」と語るように、チーム内に流れる人間的な温かさは変わっていません。

チームの躍進を支えるのは、もちろん選手たちの力です。昨年、女子サイクリング史上最大級の移籍と言われた ボディネ・フォレリング の加入も、デルクール氏の手腕によるものです。 ボディネ・フォレリング は「サインする際、すぐに彼が私を一人の人間として見てくれていると感じた」と語っています。長年デルクール氏とコンタクトを取ってきたという ジュリエット・ラブース も、「彼は私たちの意思を尊重しながら、より良い結果を出せるように後押ししてくれる。プレッシャーを感じないのがとてもありがたい」と、マネージャーへの信頼を口にしています。選手の言葉の裏にある、デルクール氏の人間性への共感、確かに伝わってきますね。

プレッシャーを力に変えるアスリート魂

チームマネージャーとして多忙を極める傍ら、デルクール氏はフランス自転車競技連盟やUCIでチーム代表や組合長を務めた経験もあります。「判事と当事者になりたくなかったから辞めた」とのことですが、スポーツをより良くするために、常に影ながら貢献していると言います。 モビスター チーム Women のマネージャー、Sebastian Unzué氏も、「彼は常に競技の未来に関する重要な議論に積極的に関わってきた」と評価しています。

そんな彼は、マネージャーとしてのストレスやプレッシャーを、驚くべき方法で解消しています。それは、自らを追い込むスポーツへの挑戦、マラソンです。昨年の冬には、ニューヨーク、バレンシア、バルセロナと3つのマラソンに出場し、いずれも3時間切りを達成しています。ニューヨークで2時間58分、バレンシアで2時間55分、そしてバルセロナでは2時間51分！これは市民ランナーとしては相当な好記録です。「ステファンは、常に全てから最高のものを引き出そうとする人間だ」とGrace Brownが称賛するように、彼の飽くなき向上心は、マネージャー業にもランニングにも共通しているのでしょう。

ラ・ブエルタ・フェメニーナ開幕前日も、彼はチームスタッフ約50人と共にバルセロナの街を走る予定だとか。パリ〜ルーベの前にも同様のことをしたそうです。チームの一体感を高める彼なりの流儀なのかもしれませんません。ライバルであるSebastian Unzué氏は、「ブエルタで最も手ごわい相手になるだろう」と警戒しつつも、「もし私が勝てなかったとしても、彼のチームが良いパフォーマンスを見せれば嬉しく思うだろう。彼がどれだけ努力して今の地位を築いたかを知っているからだ」と、デルクール氏へのリスペクトを隠しません。

頂点へ向かう物語

今シーズン、FDJ-Suezは既に6勝を挙げており、その中には アリー・ウォラストン によるカデル・エヴァンス・グレート・オーシャン・ロードレース 女子や、 ボディネ・フォレリング によるストラーデ・ビアンケ女子といったワールドツアーレースでの勝利も含まれています。チームはまさに絶好調で、ラ・ブエルタ・フェメニーナではリーダーの赤ジャージ獲得、そして夏のツール・ド・フランス・ファムでの優勝という大きな目標を掲げています。

選手の力、チームの組織力、そして何よりもステファン・デルクールという稀代のマネージャーの情熱と哲学。これらが融合したFDJ-Suezが、今シーズン、女子ロードレース界にどんな歴史を刻むのか。ラ・ブエルタ・フェメニーナ、そしてツール・ド・フランス・ファムでの彼らの走りに、熱い視線を送り続けたいと思います。皆さんも、このチームの物語にぜひ注目してください。