クラシック総括：ポガチャル＆VdP異次元、ガンナ健闘、ファン・アールトは課題

二つの太陽が照らすサイクリング界：クラシックシーズン終盤、明暗を分けた選手たち

皆さん、こんにちは。ヨーロッパのロードレースを中心に取材している山田 健一です。クラシックシーズンのクライマックス、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュが終わりましたね。今年もドラマチックな展開が繰り広げられましたが、レース後の舞台裏で、ある興味深いやりとりがあったと聞いています。

それは、リエージュのゴール後、選手たちがクールダウンのために集まるテントでのこと。3位に入ったベン・ヒーリーが、優勝したTadej Pogacarに歩み寄り、思わずこう尋ねたというのです。「ねぇ、いつ引退するの？」世界チャンピオンは少しも動じず、「2030年まで契約がある。もしかしたらその年かな」と真顔で答えたそうです。その後、二人は笑い合ったそうですが、このヒーリーの問いかけは、今のロードレース界が抱える現実を象徴しているように思えてなりません。

そう、「Tadej Pogacar」と「マチュー・ファンデルプール der Poel」という、二つの巨大な太陽がサイクリング界を照らし、他の多くの選手たちはその影で戦わざるを得ない――そんな時代が、ここ数年続いているのです。

「二つの太陽」が照らす現代ロードレース

今年の春のクラシック・モニュメント四戦、ミラノ〜サンレモ、ツール・ド・フランドル、パリ〜ルーベ、そしてリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ。これら全てを、なんとPogacarとVan der Poelが二つずつ分け合いました。Van der Poelはミラノ〜サンレモとパリ〜ルーベを、Pogacarはツール・ド・フランドルとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを制覇。彼らにとっては、それぞれ二度目、あるいは三度目のモニュメント制覇です。

この圧倒的な支配力の前では、勝利はおろか、表彰台に上がることすら至難の業となりつつあります。もちろん、アムステル・ゴールドレースではマティアス・スケルモースが勝利を収めましたが、これはモニュメントではありません。モニュメントで彼らの牙城を崩せたのは、ミラノ〜サンレモでフィリッポ・ガンナが2位に入ったこと、そして今年のリエージュでジュリオ・チッコーネとベン・ヒーリーが表彰台に食い込んだことくらいでしょう。特にリエージュは、Van der Poelが欠場していたことによる部分も大きい。

Pogacarはもはや勝利そのものだけでなく、歴史に名を刻むこと、次々と記録を塗り替えることにモチベーションを見出しているようです。彼の笑顔の裏には、勝利への凄まじい執念が隠されています。「史上最強」への道を突き進む彼の炎は、決して消えることがないかのようです。一方、Van der Poelはシクロクロス、グラベル、そしてMTBでも勝利を重ねるマルチタレント。「ツール・ド・フランスではやれることが少ないし、楽しめない」と自身の限界を理解し、自分が輝ける場所で全力を尽くすことに満足しているように見えます。

異なるスタイルを持ちながらも、勝利への渇望と圧倒的な才能で他を凌駕するこの二人。彼らが放つあまりに強い光によって、他の選手たちの活躍の場は本当に狭まっています。だからこそ、この二強時代にあって、彼らの影から抜け出し、存在感を示した選手たちは、たとえ勝利がなくとも高く評価されるべきなのです。

光を放った「プロモッシ」（合格）たち

この厳しい春のクラシックシーズンを戦い抜き、評価を上げた選手たちがいます。彼らは「二つの太陽」の下でも、確かに光を放っていました。

まずはフィリッポ・ガンナ。トラック競技から完全にロードに軸足を移した今シーズン、ミラノ〜サンレモでは2023年に続き2位と、あと一歩で勝利を逃しましたが、彼の粘り強さは特筆ものです。特に上りでの走力は格段に向上し、まさに「ライオンの穴」のようなモニュメントの終盤でも臆することなく戦えるようになりました。彼にとってミラノ〜サンレモが最も得意なモニュメントであることは間違いありませんが、ツール・ド・フランドルで8位と自己最高を更新するなど、パヴェでの適性も示しました。勝利こそありませんでしたが、ジャイアントキラーの一角として、その存在感は増しています。

マッズ・ピーダスンもまた、この「呪われた世代」に生まれた不運な選手と言えるでしょう。29歳にしてモニュメント未勝利というのは、彼の才能を考えれば驚きです。しかし、彼はモニュメントで実に5回の表彰台と2回の4位を獲得しています。今年はツール・ド・フランドル2位、パリ〜ルーベ3位と、二つのモニュメントで表彰台に立ちました。さらにヘント〜ウェフェルヘムでは、二つの太陽が「日食」を起こした隙を突き、見事な勝利を掴み取りました。デカトロン・AG2Rラモンディアール チームで世界選手権を制した2019年、まだVan der Poelがハンガーノケで失速することもあった時代を知るベテランは、したたかにチャンスを窺っています。

リエージュで2位に入ったジュリオ・チッコーネも評価すべきでしょう。彼にとってイル・ロンバルディアと並び、最も得意とするリエージュでの結果は、昨年のイル・ロンバルディアでPogacar、Evenepoelに次ぐ3位に入ったのに続くモニュメントでの好成績です。集団では「Pogacarの後ろでの2位は勝利に等しい」とも言われますが、彼の飽くなき向上心を知る私としては、決して満足していないだろうと確信しています。

その他、ベン・ヒーリーはアルデンヌクラシックでストラーデ・ビアンケ4位、アムステル・ゴールドレース10位、フレッシュ・ワロンヌ5位、リエージュ3位と、昨年からの継続的な活躍を見せました。特に彼にとっての主戦場であるアルデンヌで、その才能を存分に発揮しています。マティアス・スケルモースはアムステル・ゴールドレースでPogacarをスプリントで打ち破るという快挙を達成。モニュメントではないとはいえ、これは大きな自信になったはずです。24歳とまだ若いティボー・ネイス、そして35歳を目前にしてもなお、常に集団の要所に顔を出すマイケル・マシューズの安定感も称賛に値します。

期待外れ？「リマンダリ」（保留）の面々

一方で、高いポテンシャルを持ちながらも、この春のクラシックシーズンでは期待通りの結果を残せなかった選手たちもいます。彼らは「保留」という評価になりました。

レムコ・エヴェネプールはその筆頭でしょう。半年ぶりのレース復帰戦となったブラバンツ・パイルでいきなり勝利を挙げ、「調整レースなんて不要、いきなりトップレベルで戦えるのが今の『現象』なのか」と思わせましたが、アムステル・ゴールドレースではPogacarとSkjelmoseにスプリントで敗れ、そして「彼のレース」であるリエージュでは、勝負所のラ・ルドゥートで遅れてしまいました。ゴール後、「僕はロボットじゃない」と語った彼の言葉に、その悔しさが滲んでいましたね。

ヤスペル・フィリプセンも昨年の活躍からすると、やや影が薄かったかもしれません。ミラノ〜サンレモでは落車のアクシデントもあり、Van der Poelの援護を受ける位置につけられず。パリ〜ルーベでは終盤まで二強に食らいつきましたが、決定的なアタックには対応できませんでした。オムループ・ヘット・ニウスブラット3位、クールネ〜ブリュッセル〜クールネ優勝、スヘルデプライス3位と、しっかり結果は出していますが、彼自身が最もこの状況に不満を感じていることでしょう。

ジョナタン・ミランも評価が保留となりました。フィリッポ・ガンナ同様、トラック競技からロードに専念したシーズンですが、まだ結果に繋がっていません。Lidl-Trekでは純粋なスプリンターとしての役割を与えられていますが、クラシックではマッズ・ピーダスンがエース。彼がミラノ〜サンレモで勝つには集団スプリントに持ち込む必要がありますが、Pogacarがいる限り、それも非常に難しいのが現状です。経験不足に加え、チーム内での立ち位置も影響しているのかもしれません。

トーマス・ピドコックもストラーデ・ビアンケでPogacarに完敗した後、アルデンヌクラシックでは勝利に届きませんでした。チームからのサポートが十分でないという事情もありますが、フレッシュ・ワロンヌでの3位が最高成績。彼の次なる舞台はジロ・デ・イタリアです。

厳しい評価「ボッチャーティ」（落第）

そして、残念ながら厳しい評価を下さざるを得ない選手たちもいます。かつてこの舞台で輝きを放っていた選手たちが、苦しいシーズンを送りました。

ワウト・ファンアールト Aertです。ドワーズ・ドール・フランデレンでの落車から始まり、ツール・ド・フランドル、パリ〜ルーベといった最大の目標を棒に振りました。復帰後もブラバンツ・パイル2位、アムステル・ゴールドレース4位と、勝利には手が届いていません。彼の息子のジョルジュ君がパリ〜ルーベのベロドロームで「なんでまた4位なの？」と尋ねたというエピソードは、彼の現状をあまりにも的確に言い表しています。なぜミラノ〜サンレモを走らなかったのか？彼の判断には疑問が残りますし、勝利から遠ざかっている現状は、ファンにとっても辛いものです。

ジュリアン・アラフィリップを見るのも辛いですね。かつての世界チャンピオンは、今も勝者であろうと試みますが、その試みはことごとく跳ね返されています。少し前まで彼が主役だったレースで、遅れていく姿を見るのは胸が痛みます。春の最高成績がアムステル・ゴールドレースの20位というのは、彼のキャリアを考えれば信じがたいことです。

Matej Mohoricは、3年前にミラノ〜サンレモを制し、「二つの太陽」時代にモニュメントを奪取した数少ない選手ですが、今春はストラーデ・ビアンケからリエージュまで走りながら、フランドルでの29位が最高と、期待を大きく下回りました。コンスタンス・ヴァランタン Madouasも同様に、ストラーデ・ビアンケからリエージュまで皆勤賞でしたが、ツール・ド・フランドルでの17位が最高。かつてリエージュで5位や7位に入った実力者としては、匿名に終わったシーズンでした。ビニヤム・ギルマイは昨年のツール以来勝利がなく、スプリンターなのかクラシックハンターなのか、岐路に立たされているように見えます。そして「ベルギーサイクリングの未来」と期待されながら、プレッシャーに耐えきれず、チームに高地合宿を離れ「牛が恋しい」と帰宅を求めたアルノー・ドゥリー Lie。彼も厳しい評価を免れません。

クラシックシーズンが示したもの、そしてこれから

今年の春のクラシックシーズンは、Tadej Pogacarとマチュー・ファンデルプール der Poelという二人の「現象」が、いかに他の選手たちから勝利を奪い去っているかを改めて浮き彫りにしました。しかし、その中で光を放った選手たちもいます。彼らの奮闘は、この二強時代においても、諦めずに戦い続ければチャンスはあるという希望を示してくれたのではないでしょうか。

このクラシックシーズンで得た経験と結果は、これから始まるグランツール、特にジロ・デ・イタリア、そしてツール・ド・フランスにどう影響するのか。Pogacarはジロで、そしてツールで二冠を目指します。Van der Poelはツールには出場しないようですが、他の選手たちはこの二強の影から抜け出し、グランツールで自らの輝きを放つことができるのか。

山田 健一の視点としては、このクラシックシーズンで「プロモッシ」となった選手たちが、グランツールでさらなる飛躍を見せるかどうかに注目したいところです。特にジュリオ・チッコーネがジロでどんな走りを見せるのか、そして「リマンダリ」や「ボッチャーティ」となった選手たちが、グランツールをターニングポイントとできるのか。

自転車ロードレースのドラマは、まだ始まったばかりです。皆さん、引き続き熱い応援をよろしくお願いします！