レムコ・エヴェネプール、ブラバンツ・パイルで劇的復活

山田 健一です。ヨーロッパのロードレースシーズンも本格化し、クラシックレースが熱気を帯びる中、ある選手の劇的な復活劇が私の心に強く響きました。それは、怪我からの長いブランクを経て戻ってきたレムコ・エヴェネプールです。彼がブラバンツ・パイルで見せた走りは、単なる勝利以上の、人間的な強さと成長を感じさせるものでした。今回は、その復活劇の裏側に迫ってみたいと思います。

レムコ・エヴェネプール、ブラバンツ・パイルで劇的復活！ 父、パートナー、そして「信仰」に支えられた勝利

半年に及ぶ沈黙を破り、レムコ・エヴェネプールが帰ってきました。昨年終盤の痛ましい事故、そしてその後の長いリハビリ。一時は引退すら脳裏をよぎったという苦難の日々を経て、彼はブラバンツ・パイルという舞台で、ベルギーの宿敵ワウト・ファンアールトとの直接対決を制し、見事な復活勝利を飾ったのです。この劇的なカムバックの裏には、彼の人間的な成長と、父、パートナー、そして意外な「信仰」の支えがあったといいます。グランツール担当として数々のドラマを見てきましたが、今回のレムコの勝利は、特に多くの示唆に富んでいると感じています。

半年の沈黙、そして引退の危機

昨年の終わりに発生した事故は、多くのサイクルロードレースファンに衝撃を与えました。特にレムコ・エヴェネプールが負った怪我は深刻で、彼を半年間もプロトンから遠ざけることになったのです。長期離脱は、トップアスリートにとって肉体的な苦痛だけでなく、精神的にも大きな試練となります。

「どん底に触れた。自分の将来を疑ったんだ」と、レムコは後に率直に語っています。これは、イタリアやフランスの現地メディアでも大きく報じられ、彼の苦悩の深さを物語っていました。あれほど若くして輝かしい成功を収めてきた選手が、キャリアの危機に直面していたのです。彼がその間にどれほどの不安や葛藤を抱えていたのか、想像に難くありません。しかし、その苦境を乗り越え、再びトップレベルに戻ってきたところに、彼の並外れた精神力の強さがあるのだと感じます。

復活を支えたもの：家族と「信仰」

この困難な時期、レムコを支えたのは何だったのでしょうか。彼は勝利後、「自信はここ数週間で高まってきた。トレーニングでプッシュしてくれた父に感謝しないといけない」と語っています。家族の存在は、アスリートにとって何よりも大きな支えとなるものです。特に父からの厳しいながらも愛情深い指導が、彼を再びレースのレベルまで引き上げたのでしょう。

そして、もう一つ、彼が言及したのが「信仰」です。これは日本のファンにとっては、おそらく最も意外な要素かもしれません。「昨年、私は信仰を見つけた。それはウーミ（彼のパートナー）と共有しているもので、私たちはそれを誇りに思っている。誰もが自分自身の信仰との関係を持つべきだと思う。それが私にサポートを与え、人生で助けてくれる何かだ。美しいことだ。イスラムか？そうだ、イスラムだ。」彼の言葉からは、特定の宗教が彼にとって精神的な拠り所となり、困難な時期を乗り越える大きな力となったことが伝わってきます。パートナーと共に祈りを捧げ、日々のリハビリや回復に臨んだという話は、彼の内面の変化と成長を示していると言えるでしょう。言葉の裏にある彼の真剣な眼差しが、現地で取材する私の目にははっきりと見えました。

ブラバンツ・パイルでの衝撃アタック

復活の舞台としてレムコが選んだのは、ベルギーのブラバンツ・パイルでした。フラームス・ブラバントの丘陵地帯を縫うように進むこのレースは、21もの「コラ」（短い急坂）が連続し、特に石畳のコラも含まれることから、パンチャーやクラシックハンター向きのコースとされています。レムコ自身も、このコースは自分のために設計されたものではないと感じていたようです。

しかし、彼はそんなコースの常識を覆しました。残り55km地点、ホルスタイデの登りで、レムコは電光石火のアタックを仕掛けたのです。これに反応できたのは、同胞のワウト・ファンアールトと、Israel-Premier チーム ソリューションテック・ヴィーニファンティーニの若手、ジョセフ・ブラックモアの二人だけでした。この動きはあまりにも強烈で、メイン集団は追走体制を整えることすらままなりません。

先頭の3人は協力して逃げを打ちますが、レムコは再び仕掛けます。コース終盤の重要なコラ、ヘルトストラートで、彼は再びペースを上げ、ブラックモアが脱落。残るはレムコとワウト・ファンアールト。ベルギーのサイクルロードレースファンが長年待ち望んだ二人のスターによる直接対決が、まさかレムコの復帰戦で実現するとは、誰が予想できたでしょうか。緊迫した空気が画面越しにも伝わってきましたね。

勝利がもたらしたもの、そしてこれから

最終局面、S-ボフトの上りスプリント。レムコは迷わず先行し、ワウト・ファンアールトに付け入る隙を与えませんでした。力強いペダリングでライバルを封じ込め、見事にフィニッシュラインを一番で駆け抜けたのです。

ゴール直後、レムコの顔には安堵と喜びが入り混じった表情がありました。「頭の中にたくさんの疑問があったが、このレースがそれを解決してくれた」と、彼は率直に語りました。「良い脚を感じたから、思い切って行った。ワウト相手にスプリントで勝てたことは自信になる。完璧な一日だった」。この勝利が、彼にとってどれほど大きな意味を持つか、言葉の端々からひしひしと伝わってきます。

プロ通算60勝目という節目を飾ったこの勝利は、単なる数字以上の価値を持つでしょう。怪我を乗り越え、精神的な支えを得て、再びトップレベルで戦えることを自ら証明したのです。そして、彼の2025年シーズンは始まったばかり。アムステル・ゴールドレース、フレッシュ・ワロンヌ、そして彼の大きな目標であるリエージュ〜バストーニュ〜リエージュと、アルデンヌクラシックが続きます。さらに、ツール・ド・ロマンディ、クリテリウム・デュ・ドーフィネを経て、いよいよツール・ド・フランスへ。その後も世界選手権、ヨーロッパ選手権、そしてロンバルディアと、過密なスケジュールが待っています。

レムコ・エヴェネプールの新たな章が始まる

ブラバンツ・パイルでの勝利は、レムコ・エヴェネプールの新たな章の始まりを告げるものでしょう。彼はまだ25歳。輝かしい実績を持ちながらも、怪我や精神的な葛藤を経験し、人間的にもさらに深みを増したように見えます。Soudal Quick-Stepではチームメイトのミケル・ランダと共に、チームを牽引していく立場です。

彼がこれからどんな走りを見せてくれるのか、グランツールやクラシックでのタデイ・ポガチャルやマチュー・ファンデルプールといったライバルたちとの対決は、想像するだけでワクワクします。ブラバンツ・パイルで、彼は単に強さを取り戻しただけでなく、困難を乗り越える精神力と、それを支える内面の豊かさを示してくれました。「次も読みたい！」と思わせる彼のストーリーは、まだ始まったばかりです。