カシージャス、イニエスタ…そしてマッズ・ピーダスン：スポーツの終身契約

日本のサイクルロードレースファンの皆さん、こんにちは。グランツールを中心に追いかける山田 健一です。

スポーツ界の「生涯契約」が示す、選手への究極の信頼

パフォーマンスが全て、結果が全てのプロスポーツの世界において、「安定」や「保証」といった言葉は、どこか現実離れしているように聞こえるかもしれません。特に、スポンサーの浮沈に左右されがちなサイクルロードレースの世界では、長期契約ですら珍しい部類に入ります。そんな中で飛び込んできたのが、マッズ・ピーダスンがLidl-Trekと「生涯契約」を結んだというニュースでした。これは一体、何を意味するのでしょうか。

マッズ・ピーダスンは、今年のジロ・デ・イタリア序盤戦でも素晴らしい走りを見せています。そんな彼と、Lidl-Trekという名門チームが結んだ「生涯契約」。これは、選手が引退するまで、あるいはチームが存続する限りという非常に長期的な関係性を築くことを意味します。ピーダスン自身も、「キャリアの残りの年月で、まだ勝ち取れていないモニュメントを獲りたい。このチームのサポートがあれば可能だと強く信じている」と語っており、チームからの絶大な信頼と、それに応えようとする彼の強い意志が感じられます。

サイクルロードレース界の新たな潮流

サイクルロードレースにおいて、このような長期契約、ましてや「生涯契約」は極めて異例のことです。過去にはチームの経営難やスポンサー撤退によって、トップチームが突然消滅するといった事態も珍しくありませんでした。だからこそ、選手との契約期間も比較的短く設定されるのが一般的だったのです。

しかし、近年ではチームの経営基盤が強化されつつあり、特にLidl-Trekのように大手企業のバックアップを得るチームは、より長期的な視野でチーム作りができるようになってきました。そして、その象徴とも言えるのが、マッズ・ピーダスンとの契約です。

この動きに先鞭をつけたのは、他ならぬチーム ヴィスマ・リースアバイクです。彼らはすでに、チームの核であるワウト・ファンアールトと、女子ロードレース界のレジェンド、マリアンヌ・フォスという二人のトップ選手と「無期限」の契約を結んでいます。ファンアールトは2024年、2025年と必ずしも順風満帆なシーズンを送っているわけではありませんが、リチャル・プルッヘ監督が語るように「彼は全てをこなせる。それ以上に、チームにとって不可欠な存在だ。彼の助言とカリスマ性でチームメイトをより良くする」存在なのです。これは単なる成績だけではない、選手がチームにもたらす価値を最大限に評価した結果と言えるでしょう。マリアンヌ・フォスに至っては、37歳という年齢での生涯契約です。彼女がロード、トラック、シクロクロス、グラベルで積み重ねてきた255勝という驚異的な勝利数もさることながら、「ここで永遠にいると決めた。文字通りではないが、少なくともキャリアの終わりまでは」という彼女の言葉からは、チームへの深い愛着と信頼関係が伝わってきます。

他競技に見る「チームへの忠誠」と「長期契約」

スポーツ界全体を見渡せば、「生涯契約」やそれに近い長期契約は、サイクルロードレースよりは馴染みのある話かもしれません。特にサッカー界では、チームの象徴とも言える選手がクラブと強い絆で結ばれることがあります。

スペインのレアル・マドリードは、クラブの歴史に名を刻む二人の選手、イケル・カシージャスとラウール・アリシア・ゴンザレスに同時に生涯契約を提示しました。これは、彼らがシーズン30試合以上に出場し続ける限り自動更新されるというもので、選手自身が引退を決めるまでクラブに留まることができるという、まさに「永遠」を誓う契約でした。さらに、引退後もクラブでの役職を選べるという破格の条件付きです。

バルセロナのアンドレス・イニエスタも、選手としてプレーしている期間に限られるとはいえ、生涯契約を結んでいます。彼はシーズン終了後に自ら去就を決めるという形を選び、日本のヴィッセル神戸へと移籍しましたが、クラブが彼に示した敬意の表れと言えるでしょう。セビージャのヘスス・ナバスも、選手としては2024年末までとしつつ、その後はクラブでの役職に就くという形で生涯契約を結んでいます。

アメリカ合衆国のプロスポーツ、特にMLB（野球）、NHL（アイスホッケー）、NFL（アメリカンフットボール）では、選手の契約年数が非常に長いことが一般的です。NBAでは、マジック・ジョンソンが1984年にレイカーズと結んだ25年契約が最長とされています。ヨーロッパサッカーでも、マンチェスター・シティのハーランドが2034年まで、アスレティック・ビルバオのイニャキ・リリー・ウィリアムズが2028年まで、チェルシーのコール・パーマー（2033年まで）、ニコラス・アリソン・ジャクソン（2033年まで）、エンツォ・フェルナンデス（2032年まで）といった長期契約は、事実上の生涯契約に近いと言えるかもしれません。

ブランドとの「永遠」の絆

選手とチームだけでなく、選手とスポンサーとの間にも「生涯契約」は存在します。これは、選手が特定のブランドのアンバサダーとして、現役引退後も含めて長期的に契約を結ぶものです。

この先駆けとなったのは、1988年にナイキと契約したマイケル・ジョーダンでしょう。彼は2003年に引退しましたが、ナイキからはすでに5億ドル近い報酬を受け取っていると言われています。レブロン・ジェームズも2015年にナイキと生涯契約を結びました。ナイキは「ビジネス、ブランド、株主にとって大きな価値をもたらす」と発表しており、これは単なる広告塔以上の意味を持つことを示唆しています。

2016年にはクリスティアーノ・ロナウドがナイキと、2017年にはリオネル・メッシがアディダスと、それぞれ生涯契約を結びました。プーマは2018年に引退していたウォルト・クライド・フレイジャーと、アンダーアーマーはステフィン・カリーと生涯契約を締結しています。さらに、ナイキはケビン・デュラントと2023年に、アディダスはデイミアン・リラードと2024年に同様の契約を結んでおり、トップアスリートと大手スポーツブランドの「永遠」の絆は、今後も増えていくのかもしれません。

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サイクルロードレース界に話を戻しましょう。マッズ・ピーダスンやワウト・ファンアールト、マリアンヌ・フォスといった、チームにとって替えの効かない、そして精神的な支柱ともなりうる選手たちとの生涯契約は、チームの安定性を示すだけでなく、彼らがチームの歴史そのものになることを意味します。

「あの選手といえば、あのチーム」――ファンにとって、このような揺るぎない結びつきは、応援するチームや選手への愛着を一層深めるものです。同時に、選手にとっても、競技人生の全てを捧げるに値する信頼と環境を得られることは、何よりの財産でしょう。

サイクルロードレース界が、こうした長期的な関係性を築けるほどに成熟してきた証とも言える今回のニュース。次に「生涯契約」を結ぶのは、一体誰になるのでしょうか。今後の動向に注目です。