ジュリオ・チッコーネ：退屈知らずの存在

チームメイトが語る「音楽が詰まった男」

「ジュリオ・チッコーネってどんなやつかって？ うーん、 hedde effe？（ちょっと時間ある？）」

そう言って笑ったのは、チームメイトのサム・オーメンです。彼は最近、ジュリオ・チッコーネと3週間も同室で高地トレーニングを共にした仲。彼が語るジュリオ・チッコーネ像は、実に興味深いものでした。

「ジュリオはね、千人に一人っていうタイプだと思うよ。僕はそんなにたくさんのイタリア人を知っているわけじゃないけど、彼は感情がすごく豊か。すごく調子が良い時もあれば、ダメな時は本当にダメっていう、両極端なところがあるんだ」

サム・オーメンは続けます。「彼といると、決して退屈しない。そして、彼を知れば知るほど、どんどん面白くなってくるんだ。あの男には、本当にたくさんの音楽が詰まっているんだよ！」

この「音楽が詰まっている（er zit veel muziek in die gast）」という表現、なんともオランダ人らしい、そしてサム・オーメンらしいユニークな言い回しですね。単に賑やかとか、面白いというだけでなく、内に秘めた情熱や才能、そして予測不能な魅力といったものが、彼の個性から溢れ出ているようなイメージが湧きます。

ドイツ人クライマーのLennard Kämnaも、サム・オーメンの意見に同意します。「彼は良いやつだよ。それに、今すごく調子が良い。ジュリオは真のリーダーだ。自分がどうしたいか、チームにどう走ってほしいかをちゃんと理解している。そして、ツール・オブ・ジ・アルプスの序盤で見せたように、自らそれを完遂することもできる。ジロでもきっと見せてくれると思うよ」

チームメイトからのこうした評価を聞くと、ジュリオ・チッコーネが単なる才能あふれるクライマーというだけでなく、チームを牽引するリーダーとしての信頼も勝ち得ていることが分かります。彼の感情の豊かさや予測不能な一面は、時にレースを面白くし、チームに活気をもたらす要素なのかもしれません。

ジロ直前の「トラウマ」と自己防衛

しかし、ジュリオ・チッコーネ本人は、ジロ開幕を前にしても、ことさら大きな目標を口にしようとしません。ツール・オブ・ジ・アルプスでのインタビューでも、彼はあくまで「最高のコンディションでスタートラインに立つこと」が目標だと繰り返していました。

「ここ数年、いつもそうだったんだ。直前になって必ず何かしら問題が起きて、最高の状態でジロを迎えられなかった。今回は、それをジンクスにしたくないんだ（レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ）」

ここで彼が使った「jinxen」という言葉。これはオランダ語ですが、英語の「jinx」と同じで「不吉なこと、縁起の悪いこと」を意味します。つまり、調子が良いからといって安易に大きな目標を口にすると、また何か悪いことが起きてしまうのではないか、という一種の迷信めいた気持ちがあるのでしょう。

サム・オーメンは、ジュリオ・チッコーネのこの慎重な姿勢について、こう解説しています。

「これはね、単なる自己防衛だと思う。だって、ここ2、3年、彼はジロの直前になって、病気とか、何かしらの理由で欠場したり、万全じゃない状態でスタートしたりっていう経験を繰り返しているんだ。イタリア語で言えば、もはやトラウマになっているのかもしれない…」

なるほど、過去の経験が彼をこれほどまでに慎重にさせているのか、と合点がいきました。母国のグランツール、最高のコンディションで臨みたいという強い願いがあるからこそ、それを失うことへの恐怖も大きいのでしょう。だからこそ、彼は「日ごとに、一つ一つ乗り越えていく」という姿勢を崩さない。サム・オーメンは「それは称賛されるべきことだ」と言い、そして「彼のために働くのは、決して退屈じゃない」と再び笑いました。

ジロのスタートラインに立つこと。それは、ジュリオ・チッコーネにとって、過去の苦しみを乗り越え、新たな一歩を踏み出すための、何よりも重要な目標なのです。

成熟と進化、そして克服すべき課題

過去の経験から多くを語らないジュリオ・チッコーネですが、彼の走りは確実に進化しています。直近のリエージュ～バストーニュ～リエージュでは、タデイ・ポガチャルに次ぐ2位という素晴らしい成績を残しました。これは、彼のコンディションが非常に良いことを示唆しています。

彼自身も、近年「成熟し、大人になった」と感じているようです。昨年の2024年シーズンは冬に大きな手術を受けたため、「過渡期だった」と振り返ります。それでも、ツール・ド・フランスで総合11位に入り、ロンバルディアでも表彰台に上るなど、随所でその才能の片鱗を見せました。

「今年は完全にゼロからやり直したんだ。冬の準備はうまくいったし、チームとも明確な計画を立てた。今は大きな目標に向かって取り組んでいる」

その「大きな目標」がジロであることは、もはや言うまでもありません。そして、彼がこの目標のために特に力を入れてきたことがあると言います。それは、タイムトライアルです。

「去年の最大の課題はタイムトライアルだった。ツールでトップ10を逃したのは、最後のタイムトライアルのせいだったから… だから、今年はタイムトライアルにもっと取り組んできたし、改善しようと努力したんだ」

UAEツアーでの13位、ティレーノ～アドリアティコでの29位というタイムトライアルの結果に触れ、「『普通』よりもずっと良くなっていた」と手応えを感じているようです。「総合を狙うなら、タイムトライアルは本当に重要な部分だ。もちろん他の部分も重要だけど、タイムトライアルが一番の弱点だったからね」

過去の失敗から学び、明確な課題克服に取り組むジュリオ・チッコーネ。彼の言葉からは、かつての勢い任せな部分に加え、クレバーさや戦略性が備わってきたことがうかがえます。

ジロでの「音楽」を奏でる時

リドル・トレックのリーダーとして、ジュリオ・チッコーネは今年のジロ・デ・イタリアで重要な役割を担います。チームには、ダーン・ホーレ、セーアン・クラーウアナスン スザンヌ・アンデルセン、パトリック・コンラッド、ジャコポ・モスカ、マッズ・ピーダスン、マティアス・ヴァチェク、カルロス・ベローナ Quintanillaといった強力なメンバーが揃っており、彼をサポートする体制は万全です。

サム・オーメンは「彼なら良いジロを走れると信じている。チームのためにもね」と語り、Lennard Kämnaも「ポジションを断言することはできないが、彼には何でも可能だ」と太鼓判を押します。

過去の苦い経験を乗り越え、最高のコンディションでスタートラインに立つこと。それが叶った時、ジュリオ・チッコーネはその内に秘めた「音楽」を解き放ち、母国の道を駆け上がるでしょう。タイムトライアルの改善が、彼の総合力にどれだけ寄与するのかも注目ポイントです。

イタリアの英雄候補、ジュリオ・チッコーネのジロ・デ・イタリアでの走りに、どうぞご期待ください！