ポガチャルとヴィンゲゴー不在は朗報か？

ポガチャル、ヴィンゲゴー不在のジロは面白くなるのか？ 山田健一の視点

サイクルロードレースファンの皆さん、こんにちは。山田健一です。

春のクラシック戦線が熱狂のうちに幕を閉じ、興奮冷めやらぬまま、いよいよグランツールの季節がやってきました。その最初の扉を開けるのは、今年も「マリア・ローザ」を巡る熱き戦い、ジロ・デ・イタリアです。しかし、今年のジロは例年とは少し趣が異なります。何と言っても、現代ロードレース界の二大巨頭、タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴーが揃って不参加。この絶対王者不在という状況は、果たしてレースをどう変えるのか？ 私なりの視点でお届けしたいと思います。

波乱含みのグランデ・パルテンツァ

今年のジロは、イタリアを飛び出し、アドリア海を挟んだ対岸、アルバニアの首都ティラナで「グランデ・パルテンツァ」（偉大なる出発）を迎えます。ティラナの街に突如現れた豪華なチームバスやスポンサーカラーの車両の群れは、地元の人々にはさぞかしエキゾチックに映ったことでしょう。自転車が国民的スポーツであるイタリアとは文化的に大きく異なる地でのスタートは、主催者にとっても大きな挑戦であったはずです。

近年、グランツールが国境を越え、海を渡って自転車伝道師のように開催地を広げるのは常套手段となりました。今回のアルバニアでの3日間も、まさにそれを象徴しています。地理的には近いものの、文化的には大きく異なる二つの世界が、この3日間だけアドリア海を隔てて繋がります。選手たちはここで最初の戦いを繰り広げた後、船でイタリア本土へと戻り、プッリャ州からレースを再開します。この異文化の地での開幕が、3週間の戦いにどんな影響を与えるのか、早くも興味をそそられますね。

本命不在？ それともログリッチか

さて、今年のジロの最大の注目点は、やはりタデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴーという二人の絶対的な優勝候補がいないことです。特に、昨年圧巻の走りでジロを制したタデイ・ポガチャルがいないというのは、大会の構図を根底から変えます。では、誰がマリア・ローザ候補に名乗りを上げるのか？

自然な本命と目されているのは、もう一人のスロベニア人、プライモシュ・ログリッチです。彼はタデイ・ポガチャルという同郷のライバルにツール・ド・フランスでの道を阻まれながらも、ブエルタ・ア・エスパーニャで4勝を挙げ、そして2023年にはこのジロを制しています。35歳となった今も、彼の総合力は健在です。レッドブル・ボーラ・ハンスグローエに移籍し、今年はグランツール3連戦という驚異的な挑戦も視野に入れているという噂もあります。カタルーニャ一周での勝利後、まるで仙人のように高地合宿に専念していたという情報も入ってきています。彼の静かなる準備が、このジロでどんな結果をもたらすのか、非常に楽しみです。

そして、タデイ・ポガチャルが不在とはいえ、UAEチームエミレーツ・XRGは強力な布陣で臨みます。リーダーはフアン・アユソです。チームのボスであるタデイ・ポガチャルの側近とも言えるマジェカ、A.イェーツ、デルトロ、マクナルティといった強力なアシスト陣を引き連れての参戦は、伊達ではありません。クラシック戦線をタデイ・ポガチャルに任せ、彼はティレーノ〜アドリアティコで総合優勝、カタルーニャ一周でもログリッチに次ぐ2位と、着実に総合レースでの実力をつけてきました。プレッシャーの少ない状況で準備を進めてきたフアン・アユソは、ダークホースどころか、優勝候補の一角と言えるでしょう。

さらに、過去のジロ覇者であるリチャル・カラパス（2019年覇者）やエガン・ベルナル（2021年覇者）も虎視眈々とマリア・ローザを狙っています。彼らはタデイ・ポガチャルやヨナス・ヴィンゲゴーがいないことで、ツール・ド・フランスよりもジロの方がチャンスが大きいと見ているはずです。エガン・ベルナルはナショナル選手権で勝利を飾るなど復調の兆しを見せていますが、国際レースでの勝利からは遠ざかっています。元覇者の意地を見せられるか、注目です。

クラシック組の挑戦とワウトの覚悟

春のクラシックで激戦を繰り広げた選手たちの中にも、ジロに参戦するタフな面々がいます。マッズ・ピーダスン（リドル・トレック）、トム・ピドコック（Q36.5）、そしてワウト・ファンアールト（チーム ヴィスマ・リースアバイク）といった名前を聞けば、「なるほど！」と思うファンも多いでしょう。彼らはフランドルやアルデンヌの石畳や坂道で燃焼し尽くしたはずなのに、早くも次の戦場へ向かいます。彼らの目標は総合優勝というよりは、ステージ優勝にあると語っていますが、その言葉の裏にはどんな思惑があるのでしょうか。特に、グランツールでのステージ勝利は、彼らの輝かしいキャリアに新たな勲章を加えることになります。

中でも、ワウト・ファンアールトには大きな注目が集まります。今シーズン序盤は不運や体調不良に見舞われ、本来の実力を発揮できていないように見えました。ツール・ド・フランスでチームの絶対的リーダーを務めるヨナス・ヴィンゲゴーが不在の今、チーム ヴィスマ・リースアバイクのリーダーとして、彼は期するものがあるはずです。正直なところ、チームの状況を見れば「やむなく」リーダーの役割を担う部分もあるかもしれませんが、ワウト・ファンアールト自身には、このジロで早めにマリア・ローザを着用したいという強い意志があるように感じています。彼の走りが、今シーズンのチーム ヴィスマ・リースアバイクの行方を左右すると言っても過言ではありません。

イタリア、そしてフランスの期待

地元イタリア勢の期待は、アントニオ・ティベーリ（バーレーン・ヴィクトリアス）やジュリオ・チッコーネ（リドル・トレック）に集まるでしょう。母国のグランツールで活躍したいという彼らのモチベーションは計り知れません。特に若手のアントニオ・ティベーリがどこまで食い込めるか、注目です。

そして、フランス勢にも触れておきましょう。ロマン・バルデ（チームDSM・フィルメニッヒ・ポストNL）は、このジロが引退前最後のグランツールとなる予定です。彼のキャリアの集大成となる走りに期待せずにはいられません。また、ダヴィド・ゴデュ（グルパマ・FDJ）も参戦します。彼は序盤の比較的穏やかなステージで感触を取り戻し、終盤に集中する高山ステージで勝負をかける戦略のようです。「確かに！」と思わせる堅実なアプローチですが、果たして吉と出るか凶と出るか。

誰がピンクを掴むのか

タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴーという二人の「怪物」がいないことで、今年のジロは例年以上に混沌とし、誰にでもチャンスがある、非常に予測困難な展開が予想されます。これは、私たちファンにとっては「へぇ～」「そうだったのか！」と驚き、唸らせられるようなドラマが生まれる可能性を秘めているということでもあります。

プライモシュ・ログリッチが経験と実力でレースを支配するのか？ それともフアン・アユソのような新世代が台頭するのか？ 元覇者が復活を遂げるのか？ あるいは、クラシックで培った爆発力を持つ選手が意外な活躍を見せるのか？ 3週間、イタリア（とアルバニア）の地で繰り広げられる熱戦から、片時も目が離せません。次の記事では、序盤戦の展開を詳しく分析し、レースの行方を占ってみたいと思います。どうぞご期待ください！