キアプッチが語る「6時間の逃げとコッピ、そしてパンターニ」

エル・ディアブロが語る、伝説と魂の叫び ～キアプッチが見た世界の頂～

イタリアのスポーツ紙の一面に、かつて「エル・ディアブロ（悪魔）」と呼ばれた男のインタビューが躍った。クラウディオ・キアプッチ。ミゲル・インドゥラインやジャンニ・ブーニョといった巨頭と覇を競い、マルコ・パンターニの台頭を間近で見たレジェンドが、自身の魂の奥底を語ったのだ。現地イタリアのメディアが伝えるその言葉には、彼の波乱万丈なキャリアと、今も変わらぬ情熱が詰まっている。

思わず「なるほど！」と膝を打ったのは、彼が語る「精神的な強さ」についての部分だ。彼はこう言い切ったという。「精神的に俺より強い奴には、ウノエックス・モビリティを除いて、会ったことがない」。一瞬、「ウノエックス・モビリティ」？と耳を疑ったファンもいるかもしれない。これは現在のプロチームの名前だが、文脈からすれば過去のライバル、例えばインドゥラインの名前などが入るのが自然に思える。ここに彼の、あるいはインタビューを構成した側の、ある種の意図やユーモア、あるいは何か深い比喩が隠されているのかもしれない。現地メディアの微妙なニュアンスを読み解こうとしても、この一文だけは謎めいている。しかし、彼の言葉の根底にあるのは、常に自身との戦いであり、極限状態での精神力の重要性であることは間違いないだろう。

伝説のセストリエール、コッピと共に

キアプッチのキャリアを語る上で、1992年のツール・ド・フランス、第13ステージ、イタリア・セストリエールへの山岳タイムトライアルは外せない。そして、彼自身が最も強く記憶しているのが、同年のツール、第9ステージのセストリエールへの山頂フィニッシュだ。彼はこの日、スタート直後から飛び出し、なんと200km以上を単独で逃げ続けた。最終的にインドゥラインに逆転されはしたが、その圧倒的なアタックと粘りは世界中に衝撃を与えた。

今回のインタビューで、彼はその時の心境を明かしている。「6時間逃げた、コッピを思いながら」と。ファウスト・コッピ。イタリア自転車史における伝説中の伝説、「カンピオニッシモ」だ。キアプッチは、自国開催ではないツールで、イタリア国境を越えてセストリエールへと向かう山岳ステージを、コッピの魂と共に走ったのだ。標高2000mを超えるセストリエールの過酷な登坂で、彼は自身の限界を超えた。「あのセストリエールの日は自分を超越した」と語る彼の言葉からは、単なる肉体的な苦痛を超えた、精神的な高みへの到達が感じられる。まさに「エル・ディアブロ」、悪魔的な強靭さを見せつけた瞬間だった。

パンターニとブーニョ ～愛憎と友情のイタリア勢～

キアプッチの時代は、イタリア自転車界が黄金期を迎えていた時期とも重なる。彼に加え、ジャンニ・ブーニョ、そして後に「イル・ピラータ（海賊）」と呼ばれるマルコ・パンターニが台頭してきた頃だ。特にパンターニとの関係は、多くのファンにとって興味深いテーマだろう。

「マルコは頑固だった」とキアプッチは振り返る。パンターニの強烈な個性と、決して妥協しない姿勢を端的に表す言葉だ。二人は同じ時代を走り、時にはライバルとして、時にはチームメイトとして戦った。「彼に嫉妬はしなかった、少しばかり俺たちを対立させようとした連中がいた」という発言からは、当時のイタリア自転車界を取り巻く複雑な人間関係やメディアの煽りといった背景が垣間見える。「そうだったのか！」と思わせる、歴史の裏側の一端に触れた気がする。

一方で、ジャンニ・ブーニョとは今も交流が続いているようだ。「ブーニョには感動した、今ではいつも一緒だ」と語るキアプッチ。現役時代は激しいライバルとして、ツールやジロ・デ・イタリアで幾度となく火花を散らした二人だが、引退後は固い友情で結ばれているのだろう。彼らが共にイベントに参加したり、自転車に乗ったりする姿を見ると、「へぇ～」と心が温かくなる。

「エル・ディアブロ」は今も走る

記事によれば、クラウディオ・キアプッチは今も年間19,000kmもの距離を自転車で走っているという。インタビューの数日前にはシチリア、そして今はサルデーニャへ向かう飛行機に乗る直前だったと記されている。彼のジロ・デ・イタリアは、選手として引退した今も終わらないのだ。

多くのファンが彼を愛し、各地のイベントに引っ張りだこだという。「確かに！」と共感できる話だ。彼の予測不能なアタック、苦痛に歪む表情、そしてゴール後の出し尽くした姿は、多くの人々の心を掴んで離さない。彼が語る「精神的な強さ」は、現代のプロトンでも求められる最も重要な資質の一つである。タデイ・ポガチャルやヨナス・ヴィンゲゴーといった現役のトップ選手たちの走りの根源にも、この精神的な強さが間違いなく存在している。

キアプッチのようなレジェンドが、自身の経験を通して語る言葉は、単なる昔話ではない。それは、サイクリストとして、アスリートとして、そして人間として、いかに困難に立ち向かい、自身を超えていくかという普遍的なテーマを私たちに問いかけているのだ。彼の言葉は、きっと次の世代の選手たちにも響くだろう。そして、私たちファンもまた、「エル・ディアブロ」の魂の叫びから、自転車に乗る喜びや、人生における挑戦への勇気を受け取ることができるのである。