ポガチャル優勝後の“あの顔”が話題に、なぜ？

山田 健一がお届けする、欧州ロードレースの深層。

アルデンヌの洗礼か？ フレッシュ・ワロンヌを制したタデイ・ポガチャルの「あの表情」の裏側

過酷な天候が王者に刻んだ「勝利の跡」

先日のフレッシュ・ワロンヌで、またしても圧倒的な強さを見せつけたタデイ・ポガチャル。UAEチームエミレーツ・XRGのエースとして、期待通りの勝利を手にした彼ですが、ゴールラインを越えた瞬間の表情は、いつもの勝利の笑顔とは少し違っていました。まるでアルデンヌの過酷な洗礼を受けたかのような、疲労困憊の顔。SNSでも瞬く間に「あの顔は何だ？」と話題になりましたね。一体あの表情には、どんな意味が込められていたのだろうか？ 現地でレースを見つめた私の視点から、その背景を読み解いていきましょう。

勝利の裏にあった尋常ならざる苦痛の痕跡

ゴール直後のタデイ・ポガチャルの姿は、多くのサイクリングファンに衝撃を与えたと言っても過言ではないでしょう。いつものレースを楽しむような余裕や、勝利を噛み締める喜びといった感情よりも先に、ただただ疲労と苦痛に耐え抜いた跡が、その顔に深く刻まれているかのようでした。あのタデイ・ポガチャルでさえ、あそこまで打ちひしがれたような顔をするのか。それは単なる「勝利の顔」では片付けられない、何か尋常ならざる理由があるはずです。長年、多くの選手のゴールシーンを見てきましたが、彼のあの時の表情は、勝利者というよりも、むしろ限界を超えた挑戦者のそれであったと私は感じています。

アルデンヌの悪魔、冷たい雨と風の猛威

今回のフレッシュ・ワロンヌを語る上で、最も重要な要素の一つが、そのあまりにも過酷なレースコンディションであったことは間違いありません。レースが行われたベルギーのアルデンヌ地方は、まるで真冬に戻ったかのような冷たい雨と強い風、そして低い気温に見舞われました。記事によれば、気温はわずか8度だったとのこと。205kmにも及ぶ長丁場、しかも「ユイの壁」をはじめとする激坂が連続するアップダウンコースで、この悪天候は選手たちの体力を根こそぎ奪っていったのです。多くの選手が低体温症寸前でリタイアを余儀なくされ、レースは文字通りサバイバルとなりました。この悪魔のような天候こそが、タデイ・ポガチャルの顔にあの「跡」を刻んだ最大の要因と言えるでしょう。

レースを物語る選手たちの生の声

レース後、フィニッシュラインを通過した選手たちの口からは、一様にこの日の過酷さを訴える言葉が聞かれました。Lidl-Trekのティボー・ネイスは、インタビューで「雨がコースよりもダメージを与えた」と率直に語っています。彼の「一日中、着るものと格闘していた。多すぎたり少なすぎたり。アタックしようとするたびに脚が固まった」というコメントは、まさにこの日のレースがいかに選手の身体を冷やし、動きを鈍らせたかを物語っているでしょう。普段は強気な発言の多い選手たちでさえ、この日のフレッシュ・ワロンヌには心底打ちのめされていた様子でした。現地メディアも、この異常な寒さと雨がレース展開に与えた影響の大きさを繰り返し報じていましたね。

春のクラシック連戦がもたらした蓄積疲労

タデイ・ポガチャルがあの表情を見せたもう一つの理由は、彼自身の春のクラシックキャンペーンの過酷さにあると私は見ています。彼はシーズン序盤からストラーデ・ビアンケでの圧倒的な独走勝利を皮切りに、ロンド・ファン・フラーンデレン（フランドル）ではライバルたちと激しいバトルを繰り広げ、そしてこのフレッシュ・ワロンヌへと繋げてきました。本来であれば、アルデンヌ・クラシックの最高峰であるリエージュ～バストーニュ～リエージュや、その後の最大の目標であるジロ・デ・イタリアに向けてピーキングを調整しているはずです。しかし、これまでの激しいレースでの消耗、身体に蓄積された疲労が、あの悪天候の中で増幅され、「ユイの壁」の頂上で彼の身体に限界を迎えさせたのではないでしょうか。勝利は手にしたものの、あの「勝利の跡」は、彼がいかにぎりぎりの状態で戦っていたかを雄弁に物語っています。

勝利は手にしたものの、タデイ・ポガチャルが見せたあの「勝利の跡」は、今年のフレッシュ・ワロンヌがいかに過酷だったか、そして彼自身がどれほどの限界に挑んでいるかを雄弁に物語っていました。あの表情は、単なる勝利の喜びを超えた、文字通り身体を削り取った証なのです。この過酷なレースが、彼の今後のシーズン、特に最大の目標であるジロ・デ・イタリアにどう影響するのか。ミケル・ランダやエンリク・マス、そしてマティュー・ファンデルプールといったライバルたちの動向と合わせ、山田健一の視点から、引き続き深く注目していきたいと考えています。