ポガチャル、フレッシュ・ワロンヌで破れなかったスペイン記録

ポガチャルも届かなかった壁：フレッシュ・ワロンヌ、ミュール・ド・ユイの知られざる記録

今年のフレッシュ・ワロンヌは、やはりこの男の強さを見せつけられるレースとなりました。タデイ・ポガチャル（UAEチームエミレーツ・XRG）。彼がミュール・ド・ユイで仕掛けたアタックは、まさに圧巻の一言。ライバルたちは為す術なく、ただ見送るしかなかった。ヴァルヴェルデが最多5勝を挙げ、ホアキン・'プリト'・ロドリゲスも得意としたこの激坂で、ポガチャルは自身の支配力を改めて証明したのです。

しかし、彼をもってしても破れなかった、ミュール・ド・ユイに刻まれた「ある記録」があることを、皆さんはご存知でしょうか？それはヴァルヴェルデでも、プリトでもない、意外な人物が打ち立てた金字塔なのです。

ミュール・ド・ユイでの圧倒的な支配

レースの勝負は、いつものように、いや、予想通りにミュール・ド・ユイの最後の1300メートルに委ねられました。UAEチームエミレーツの戦略は明確でした。ポガチャルを万全の状態で最終盤に送り込むこと。そして、その戦略は見事にハマったと言えるでしょう。タデイ・ポガチャルは、あの悪魔的な勾配を持つミュール・ド・ユイの序盤で、躊躇なく、いや、むしろ迷いなくアタックを敢行しました。

最初の数メートルで、後続との差は見る見るうちに開いていきます。集団からは誰一人として、彼の加速に反応できませんでした。それは、ただ単にポガチャルが速いというだけでなく、他の選手たちがそのペースについていくこと自体が、自らを破滅させる行為だと瞬時に理解したからに他なりません。あの急勾配で一度でも無理をすれば、終盤のさらなる激坂で完全に脚が終わってしまう。皆がそう考えたのでしょう。

誰も追従できなかった衝撃

ポガチャルは何度か後ろを振り返りました。その表情には、追手が来ているのか、それとも単独になっているのかを確認する意図があったはずです。しかし、彼の視線の先にあったのは、ただただ虚無だけでした。一人、ミュール・ド・ユイの急勾配を駆け上がっていく。その姿は、まるで別次元の強さを見せつけているようでした。

フィニッシュラインを駆け抜けたとき、彼はケヴィン・ヴォークラン（アルケア・B&Bホテルズ-B&B Hotels）に10秒、トム・ピドコック（Q36.5）に12秒もの大差をつけていました。ミュール・ド・ユイの頂上フィニッシュで、これだけのタイム差がつくことは、決して頻繁にあることではありません。通常は数秒を争うスプリントになることが多いからです。このタイム差こそが、ポガチャルのアタックがいかに衝撃的だったかを物語っています。

ヴァルヴェルデでもプリトでもない、あの記録

フレッシュ・ワロンヌと言えば、やはりアレハンドロ・ヴァルヴェルデ。彼の5度の優勝は、まさにこのレースのレジェンドです。そして、ホアキン・'プリト'・ロドリゲスもまた、このミュール・ド・ユイを何度も沸かせた名クライマーでした。ポガチャルが彼らの系譜を継ぐ存在であることは間違いありません。

しかし、今回のポガチャルをもってしても破れなかった、ミュール・ド・ユイの「ある記録」が存在するのです。それは、最も大きなタイム差をつけて勝利した記録ではありません。ミュール・ド・ユイでのタイムそのものでもありません。では、一体何なのか？それは、ミュール・ド・ユイの頂上フィニッシュで、2位の選手に最も大きなタイム差をつけたスペイン人選手の記録です。そして、その記録保持者は、ヴァルヴェルデでもプリトでもないのです。

2003年、イゴール・アスタルロアの偉業

その記録保持者とは、2003年のフレッシュ・ワロンヌを制したイゴール・アスタルロアです。え、誰？と思った方もいるかもしれませんね。彼はこの年の世界選手権も制した実力者です。

2003年、Saecoに所属していたイゴール・アスタルロアは、ミュール・ド・ユイで驚異的な走りを披露しました。彼は2位のアイトール・オサに16秒もの大差をつけ、3位のチームメイトだったアレクサンドル・シェフェルに至っては56秒も突き放したのです。ミュール・ド・ユイは平均勾配10%、最大19%という激坂ですが、距離はわずか1.2kmです。この短い距離で、2位に16秒もの差をつけるというのは、まさに異次元のパフォーマンスだったと言えるでしょう。

時代背景やレース展開の違いがあるため、単純な比較は難しいですが、ミュール・ド・ユイの頂上フィニッシュでこれほどの大差がついた例は稀有です。ポガチャルが今回見せた10秒差も十分すぎるほど凄いですが、アスタルロアの16秒差という記録は、今なおミュール・ド・ユイの伝説として語り継がれているのです。

ポガチャルは今後、この記録に挑戦する機会はあるのでしょうか。あるいは、別の誰かがこのアスタルロアの金字塔を打ち破るのでしょうか。クラシックレース、特にアルデンヌクラシックの奥深さを改めて感じさせる、興味深い記録です。