カルロス・ベローナ「チッコーネの表彰台は私の勝利より価値がある」

皆さん、こんにちは。グランツール担当の山田 健一です。

今回は、現在開催中のジロ・デ・イタリアで注目すべきスペイン人選手、カルロス・ベローナについて、スペインの主要スポーツ紙『Marca』の記事から読み解いた彼の多才な一面と、ジロに懸ける熱い思いをお届けします。単なる選手という枠を超え、「マルチオーケストラマン」と称される彼の言葉には、現代ロードレースにおけるプロ選手の新たなあり方が垣間見えます。

「マルチオーケストラマン」カルロス・ベローナ：勝利だけが全てじゃない

カルロス・ベローナ（Lidl-Trek）は、今年のジロ・デ・イタリアで、その献身的なアシストワークでチームを支える重要な存在です。しかし、彼の活動はバイクの上だけにとどまりません。故郷アンドラでは、新たなクラシックレース「Andorra MoraBanc Clàssica」の立ち上げに尽力するなど、組織者やアンバサダーとしての顔も持っています。まさに「マルチオーケストラマン」という表現がぴったりでしょう。

彼は『Marca』のインタビューに対し、驚くほど率直な言葉で自身の哲学を語っています。「（チームメイトの）Cicconeのポディウムは、僕個人の勝利よりも価値がある」。この言葉に、ベローナという選手の真髄が凝縮されているように感じました。自分の栄光よりも、チームの成功を優先する。そして、レースという枠を超えて、自転車界全体の発展に貢献しようとする情熱。なるほど、彼がなぜ多くの関係者から信頼されているのかが分かります。

ジロへの道のりと献身的な役割

今シーズンのスタート時、ベローナはジロに出るか、それともツール・ド・フランスを目指すか、確信が持てなかったと言います。しかし、チームとの話し合い、そしてティラナでのシーズン序盤のレースでの感触を経て、ジロへの参戦を決断。シエラネバダとアンドラでの高地トレーニングを経て、万全のコンディションでカーザ・ローザに乗り込んできました。

Lidl-Trekは、スプリンターのPedersenがマリア・チクラミーノ（ポイント賞ジャージ）争いをリードし、クライマーのCicconeが総合上位、ひいてはポディウムを狙うという野心的な目標を掲げています。ベローナの役割は、まさにこの二人のリーダーを献身的にサポートすること。特に山岳では、Cicconeの右腕として重要な働きが期待されます。彼自身も「個人的な結果へのプレッシャーはない」と語りつつも、「もちろん、チャンスがあれば掴みたいという気持ちはある」と、プロアスリートとしての意欲も隠しません。このバランス感覚が、彼のアシストとしての価値を一層高めているのでしょう。

アンドラでの夢を形に：レース主催者としての挑戦

レースの外でのベローナの大きな挑戦が、アンドラでの新クラシックレース「Andorra MoraBanc Clàssica」の立ち上げです。3年前に「一杯のコーヒーから始まったプロジェクト」が、今や現実となったことに、彼は大きな喜びを感じています。140km、獲得標高4,200mという厳しいコース設定は、アンドラの地形を最大限に活かしたもので、「国の持つエネルギーポイントを通過させたかった」とその意図を語っています。

選手としてレースを走る側から、主催する側へ。この経験は彼に多くの学びをもたらしました。「選手として、レースの裏に多くの仕事があることは知っていたが、実際に自分がその立場になって初めて全てを理解できた」と彼は言います。安全性、スポンサー、コース設定、テレビ中継…あらゆる細部に気を配る必要性を痛感したそうです。これは、まさに多角的な視点を持つベローナだからこそできる挑戦であり、へぇ～、と思わず唸ってしまいますね。

強豪たちの戦い、そしてLidl-Trekの可能性

今年のジロは、AyusoやRoglicといった強豪たちが総合優勝を争う中で、ベローナのチームリーダーであるCicconeもポディウムを狙える位置につけています。ベローナは、Ayusoのティレーノ〜アドリアティコやヴォルタ・ア・カタルーニャでの「キラー」のような走りを高く評価しつつ、「RoglicはRoglicだ」と、その経験と実力を認めます。そして、自チームのCicconeについても「調子は良い」と太鼓判を押します。「なぜ、ローマでのイタリア人選手の勝利を夢見てはいけないんだ？」と、彼は冗談めかしながらも、チームメイトへの強い信頼を示しました。

特に、ジロの第三週は「ブルータル（残忍）」なコースが待ち受けています。ここで鍵となるのは、「誰がフレッシュな状態で、強力なチームを伴って乗り込めるか」だとベローナは分析します。彼の存在は、Lidl-Trekがこの過酷な最終週を戦い抜く上で、間違いなく大きな力となるはずです。

勝利の形は一つじゃない：均衡を求めるサイクリスト

家庭を持ち、プロ選手としてトレーニングをこなし、さらにレースの組織運営にも関わる。これほど多くのことを両立させるのは、並大抵のことではありません。しかし、ベローナは「自分はとても几帳面で、時間を有効に使うのが好きだ」と語ります。トレーニング後、他の選手がリラックスする時間も、彼は組織の仕事に充てる。「それもまた、僕の均衡を保つ要素なんだ」という言葉には、彼にとってこれらの活動全てが、自転車人生を豊かにするパズルのピースなのだという「なるほど！」な発見がありました。

先日、レース中にペナルティを受けたこともありましたが、それも含めてレースです。ベローナは、個人の勝利というスポットライトを浴びることに固執しません。彼の成功は、チームメイトがポディウムに立つ姿であったり、自身が立ち上げたレースが無事に開催されることであったり、様々な形をしています。ジロの山岳であろうと、アンドラの山並みであろうと、彼が目指すのは「全てがうまく収まること」です。

彼の存在は、私たち日本のロードレースファンにとっても、単なる「アシスト」という言葉だけでは語れない、プロ選手の深みや多様性を教えてくれます。ジロでの彼の献身的な走りはもちろん、アンドラでの新たな挑戦にも、今後注目していきたいですね。