自転車ツーリズム ラ・レドゥートを巡る200年以上の争い

コート・ド・ラ・ルドゥート：アルデンヌの心臓で鼓動するドラマ

皆さん、こんにちは！世界の自転車レースを追いかけるジャーナリスト、松崎 愛です。今日もまた、熱狂の舞台裏へ皆さんをご案内しますね。

今回は、クラシックレースの中でも特に格式高い「モニュメント」の一つ、リエージュ～バストーニュ～リエージュに欠かせない、あの伝説的な登り、コート・ド・ラ・ルドゥートにスポットを当ててみたいと思います。この坂、ただの坂ではないんですよ。選手たちの力と力のぶつかり合い、そして歴史が詰まった、まさにアルデンヌの心臓とも言える場所なんです。なぜここでいつもドラマが生まれるのか？ その秘密を深掘りしてみましょう。

標高308mの要塞：その名の由来に隠された歴史

「ラ・ルドゥート（La Redoute）」という名前、響きからして何やら特別な感じがしませんか？ 実はこの名前、自転車とは全く関係ない、遥か昔の歴史に由来しているんです。遡ること200年以上前、1794年の第一次対仏大同盟の時代。この丘ではオーストリア軍とフランス軍の間で「スプリモンの戦い」が繰り広げられました。その際、オーストリア軍が丘の斜面に「Redoute」、つまり「野戦築城」を築いてフランス軍を待ち受けたことから、この丘はラ・ルドゥートと呼ばれるようになったのです。

敵の攻撃を防ぐための要塞。そう聞くと、現代の自転車レースで選手たちがここで繰り広げる壮絶な「戦い」と、どこか通じるものがあるように感じませんか？ 幸いなことに、今ここで戦われるのは銃弾ではなく、ペダルを踏む力と、勝負への執念だけです。しかし、その厳しさは当時の戦場に劣らないかもしれません。標高308mの頂上を目指す選手たちの姿は、まさに現代の兵士のようです。

選手たちの試練：ラ・ルドゥートのプロフィールを読み解く

では、具体的にこのコート・ド・ラ・ルドゥートがどれほど手ごわい相手なのか、そのプロフィールを見てみましょう。全長は2km、標高差は180m。これだけ聞くと、そんなに長くないと感じるかもしれません。しかし、平均勾配は8.7%！ そして、最もきつい区間ではなんと15%にも達するんです。

コースはスーニェ＝ルムーシャンという村から始まり、ウルト川沿いを進みます。序盤は比較的緩やかですが、高架橋をくぐったあたりから本格的に勾配がきつくなります。特に、鋭角な左カーブを曲がってからの約1kmは、平均勾配が11%を超えるという正真正銘の激坂区間。ここが勝負の分かれ目となることが多いですね。道幅は狭く、観客がすぐそばまで詰めかけるため、選手たちにとっては物理的な厳しさに加えて、精神的なプレッシャーもかかる場所です。

現在のStrava KOM（King of the Mountain）は、クライマーのマイケル・ウッズが持つ5分22秒。このタイムを出すためには、いかにこの激坂区間を効率よく、そして力強く駆け上がるかが鍵となります。データは嘘をつきません。この数字こそが、ラ・ルドゥートが選手たちに要求する力のレベルを物語っています。

伝説の激突：1999年、フランク・ファンデンブルック対バルトリの死闘

コート・ド・ラ・ルドゥートの歴史を語る上で、絶対に外せないのが1999年のリエージュ～バストーニュ～リエージュで繰り広げられた、フランク・ファンデンブルックとミケーレ・バルトリの伝説的な一騎打ちです。あの日のラ・ルドゥートは、まさに二人の舞台となりました。

激坂区間に入ると、バルトリが先頭でアタック。ハンドルに手をかけ、渾身の力でペダルを踏み込みます。その後ろに張り付いていたフランク・ファンデンブルックが、すかさずカウンターアタックを仕掛けたのです！二人の選手が、まるでジェット機のように隣り合わせで坂を駆け上がっていく光景は、今でも多くのファンの脳裏に焼き付いています。バルトリがわずかに体勢を崩し、ジャド・ヴィエルを失ったその瞬間、フランク・ファンデンブルックは一切ペースを緩めることなく、独走態勢に入りました。マイケル・ブーヘルトらが懸命に追いかけますが、その差は開く一方。あの日のフランク・ファンデンブルックは、ラ・ルドゥートの勾配をもねじ伏せるかのような圧倒的な力を見せつけました。

このシーンは、ラ・ルドゥートが単なる登りではなく、選手たちの魂がぶつかり合う「聖地」であることを証明しました。フランク・ファンデンブルックのキャリアにおけるハイライトの一つであり、多くのサイクリストにとって忘れられない瞬間です。

現代のドラマ：レムコ・エヴェネプールが見せた力

時代は移り変わっても、ラ・ルドゥートがリエージュ～バストーニュ～リエージュの決定的なポイントであることに変わりはありません。近年では、レムコ・エヴェネプールがこの坂で何度も勝負を決めています。特に2023年、彼はラ・ルドゥートで強力なアタックを敢行し、ライバルたちを引き離して勝利への足がかりを築きました。

現代のレースでは、チームの戦術や機材の進化も影響しますが、最終的にこの急勾配で差をつけるのは、選手の純粋なパワーと限界を超える精神力です。レムコ・エヴェネプールのような若い世代の選手が、この歴史ある坂で新たな伝説を刻んでいく姿を見るのは、本当に胸が熱くなりますね。

ラ・ルドゥートが見守る、これからの物語

ラ・ルドゥートは、単に勾配がきついだけの坂ではありません。200年以上の歴史を見守り、多くの選手たちの歓喜と苦悩を受け止めてきた、生きた証人です。かつて戦場であった場所が、今は自転車の戦士たちが栄光を目指す舞台となっている。この対比を思うと、ロードレースというスポーツの奥深さを改めて感じます。

リエージュ～バストーニュ～リエージュは、これからもこのコート・ド・ラ・ルドゥートを通過します。次にこの坂でどんなドラマが生まれるのでしょうか？ 新たな伝説が刻まれる瞬間を、私たちは固唾を飲んで見守ることになるでしょう。ボディネ・フォレリングやマリアンヌ・フォスといった女子選手の活躍も、この坂でさらに輝きを増すかもしれません。

次回のリエージュ～バストーニュ～リエージュでは、ぜひコート・ド・ラ・ルドゥートでの攻防に注目してみてください。選手の表情、ペダリング、そして観客の熱狂。その全てが、この坂の持つ特別な力によって生み出されるのですから。