ベルツィン「パンターニと過ごした夜…ポガチャルの横暴は嫌い」

自動車販売店に立つ「ロシアのサイクリスト」 ～エフゲニー・ベルツィンが語るパンターニとポガチャル～

自動車販売店に立つ、一見すると穏やかな男性。しかし、彼こそがかつてマルコ・パンターニを打ち破り、ジロ・デ・イタリアを制した「ロシアのサイクリスト」、エフゲニー・ベルツィンである。イタリアのメディアが捉えた彼の言葉には、過去の栄光と悲劇、そして現代ロードレース界への複雑な思いが滲んでいた。グランツール担当として、彼が語る言葉の裏側を読み解いていこう。

イタリアに根を下ろした元王者の現在

ロシアのヴィボルグから、イタリア北部の小さな町ブローニへ。22歳で異国の地に降り立ったエフゲニー・ベルツィンは、それから一度もイタリアを離れることなく、現在もこの地で自動車販売店を営んでいるという。54歳になった彼が、かつて世界を股にかけていたサイクリストから、地方都市の店主へと転身した事実に、時の流れを感じずにはいられない。

「完璧だったよ。交通量は少ないし、近くに登りもある。天気も良いし、雪が降っても40分でヴァラッツェに行けた」と、彼はイタリアでの生活を語る。食事、ワイン、そして地元の方言。イタリアに完全に溶け込んだ彼の言葉からは、第二の故郷への深い愛着が伝わってくる。週末にはトスカーナのサン・バロントの麓へ出かけるそうだが、それは自転車のためではないという。娘のカティウーシャさんのためだ。「ロシア人みたいな名前だけど、彼女は生粋のトスカーナっ子だよ」。彼の言葉には、かつての栄光よりも、現在の穏やかな生活と家族への愛情が優先されていることが見て取れる。両親は既に亡くなり、故郷ヴィボルグへはもう10年以上戻っていないという彼の人生は、イタリアという土地に深く根を下ろしているのである。

1994年の激闘、そしてマルコ・パンターニへの痛烈な言葉

エフゲニー・ベルツィンのキャリアを語る上で、1994年のジロ・デ・イタリアは避けて通れない。当時、彗星のように現れた若きロシア人は、山岳で圧倒的な力を見せつけるマルコ・パンターニ（通称「海賊」）と激しいマイヨ・ローザ争いを繰り広げた末、総合優勝を勝ち取った。特に、パンターニが得意とする山岳タイムトライアルで彼を打ち破った走りは、今も多くのファンの記憶に残っている。

しかし、ベルツィンがパンターニについて語る言葉は、単なるライバルへの回想に留まらない。「彼をダメにした」「彼の死には、多くのことが腑に落ちない」。イタリアメディアが報じたこの言葉は、非常に重い。当時のドーピング問題や、パンターニが直面した苦難を知る者にとって、ベルツィンの言葉は単なる個人的な意見ではなく、当時のロードレース界が抱えていた闇、そしてスター選手の悲劇的な末路に対する、内側からの告発のように響く。イタリア語のニュアンスを読み解くと、彼の言葉にはパンターニへの複雑な感情、そして当時の状況に対する強い憤りが含まれているように感じられる。彼の言葉は、今なお多くのサイクリングファンの中でくすぶり続ける、パンターニの死を巡る疑問を改めて浮き彫りにしているのである。

現代の絶対王者、タデイ・ポガチャルへの意外な評価

過去のライバルについて痛烈な言葉を放ったベルツィンは、現代のロードレース界にも目を向けている。特に、現在の絶対王者であるタデイ・ポガチャルについて問われると、意外なコメントを残している。「彼の傲慢さは好きではない」。この発言は、多くのファンにとっては驚きかもしれない。圧倒的な強さで勝利を量産し、時に常識破りのアタックを見せるポガチャルの走りは、多くの人々を魅了しているからだ。

しかし、ベルツィンの視点は異なるようだ。かつてパンターニという強烈な個性を持つライバルと戦い、自身の内向的な性格とは対照的な世界で生きてきた彼だからこそ、ポガチャルの振る舞いのどこかに「傲慢さ」を感じ取るのかもしれない。それは、勝利への執着の表れなのか、あるいはレース中の特定のジェスチャーや態度なのか。イタリアメディアの報道からは、その具体的な理由は読み取れないが、かつての王者が現代の王者に向けたこの一言は、単なる好き嫌いを超えた、ロードレースにおける「強さ」や「振る舞い」に対する彼の哲学を垣間見せるものであると言えるだろう。彼の言葉は、ポガチャルの強さを認めつつも、何か別の要素に警鐘を鳴らしているようにも聞こえる。

過去と現在をつなぐ元王者の視点

エフゲニー・ベルツィンの言葉は、私たちに多くの示唆を与えてくれる。華やかなロードレースの世界から離れ、静かに自動車販売店を営む彼の口から語られるのは、決して美化された過去ではない。パンターニという伝説的な存在への複雑な想い、そして現代の絶対王者への率直な批判。それは、ロードレースという競技が持つ光と影、そして時代によって変化する選手の在り方を浮き彫りにする。

1994年のジロ・デ・イタリアの覇者が、現在のタデイ・ポガチャルに「傲慢さが好きではない」と語る。この言葉の裏には、かつて彼自身が経験した激しい競争、メディアの注目、そしておそらくは当時のロードレース界のプレッシャーが影響しているのだろうか。自動車に囲まれた静かな日常を送る彼が、かつて命を燃やした世界をどう見つめているのか。彼の言葉をさらに深掘りすることで、見えてくるものがあるはずだ。